Nicotto Town



雨の日に引き籠るといえば。

 特に仲良くなかったのに、鮮明に記憶に残る友達というのは誰にでもいると思うけれども、私にとって、それはマイちゃん。大人しくて臆病で声が小さく、にこにこしているのに、思想は強く、ついでに、当時高校生だったマイちゃんは、自分の信望することと、クラスメートに話すべきことを器用に振り分けられるようなタイプではなかった。おかげで一部の女子からは嫌われ、一部からは「なんかすごいね」と言われ、でも総和としては「地味なのに感じ悪いやつ」という嫌われに針が触れている感じだった。そういうのって幼いって言い方もあるかもしれないけど、今の私はそうは思わないかな。人って一番最初にどこが成長するかみんな違うもの。マイちゃんは、自分の考えを突き詰めるというのを一番優先して育てていった人だった。それで後回しになった対人スキルみたいなところだけを取り上げて「幼い」ってちょっとフェアじゃないもんね。


ともかく、私はマイちゃんのその強い思想を遠巻きに聞くのが割と好きだった。仲良くすると私のクラスでのポジションが微妙になるのもあってあんまり仲良くはしなかったけど、でもマイちゃんの作文は割と細かく覚えてる。

マイちゃんの読書感想文「嵐が丘を読んで」はいまだに文章のあらかたを覚えている。
(ただ、記憶で構成しているので、もちろん細部は性格じゃないと思う)
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「嵐が丘を読んで」
 ヒースクリフの描写は声が聞こえてきそうなほど生々しいのに、ヒースクリフへの感情はやたらにリアリティがあって、まるで自分の記憶のように感じられるのに、エミリーブロンテは30年の生涯のほとんどを家族と暮らし、外の人間関係などほとんど経験がなかったそうだ。
 そういう風になりたい。私はいつも狭い部屋のソファに腰かけて、野菜を育てたり、もやしをいためて食べたり、水を飲んだりして生きながら、まるで世界と接しているかのように、頭の中にたくさんの人物の生涯を宿し、世界を宿し、宇宙を宿したい。それを誰かに伝えるか、伝えないかなんて大した問題ではない。
 私の脳内に、高密度で広大なものがあることが重要だし、そうでなければ、世界の果てまで出向いてオーロラを見ようと、世界を変える革命をおこそうと、そんなことはあまり意味がないように思える。だから、私は、頭でっかちはよくない、経験が大事、なんていう人をとことん、しんから軽蔑する」

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読書感想文でも何でもないじゃないかと突っ込みたくなるのはさておいて、私はこういう可能所の文章が心地よかった。けれど、よくあることだけど、その人の書くものと人柄の相性は別なもので、私は彼女の何となくきつい物言いや、人の話を本当にはちっとも聞いていないところに慄いて、人間関係を構築はできなかった。私は普通に温かみのある優しい友達に囲まれていたし。でもそれはそれとして、彼女と言葉を交わすと高揚感があったし、なんならちょっと恋をしていた節もある。

 今それを思い出すのは5年も前に彼女がなくなっていたことを人づてに聞いたからだ。40年。彼女は宣言の通り在宅で翻訳の仕事をして、社会とはほとんどかかわらずに、生きて、自宅でひっそり亡くなったという。
 彼女の脳内には、オーロラよりも革命よりも深くて広い宇宙があったのだろうか、それはもう知る由もない。でも、彼女は少なくとも40年間それを信じようとしていたのだろうと、想像するし、そんな彼女を惨めとかいう人間がいたら、思いっきり軽蔑してやろうというくらいには、私は彼女の思い出が大事だった。仮に、彼女の内側は10代の頃よりも枯渇して、内側の世界はやせ細っていったかもしれない。でも、そうだとしても、そんなこと、彼女はきっと認めたがらないだろう。
 どんな人生だって敗北することはある。それから、もし、仮に彼女の内側の世界がどのようなものだったにせよ、仮に彼女がその生き方を途中で悔いたとしても、私は、彼女の自分の世界に準ずるという生活をとりあえず40年は継続したそのことは確かに、人が生きるっていうことの意味の一つの表れだとも思う。

 と、私は脳内で献花し、さして秘密の多くない私の、美しい秘密としておいた。

(嘘日記)

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