醉 歌 島崎藤村
- カテゴリ:日記
- 2024/05/28 23:10:33
醉 歌
島崎藤村
旅と旅との君や我
君と我とのなかなれば
醉ふて袂(たもと)の歌草(うたぐさ)を
醒めての君に見せばやな
若き命も過ぎぬ間(ま)に
樂しき春は老いやすし
誰(た)が身にもてる寶(たから)ぞや
君くれなゐのかほばせは
君がまなこに涙あり
君が眉には憂愁(うれひ)あり
堅(かた)く結べるその口に
それ聲もなきなげきあり
名もなき道を説くなかれ
名もなき旅を行くなかれ
甲斐なきことをなげくより
來りて美(うま)き酒に泣け
光もあらぬ春の日の
獨りさみしきものぐるひ
悲しき味の世の智惠に
老いにけらしな旅人よ
心の春の燭火(ともしび)に
若き命を照らし見よ
さくまを待たで花散らば
哀(かな)しからずや君が身は
わきめもふらで急(いそ)ぎ行く
君の行衞はいづこぞや
琴花酒(ことはなさけ)のあるものを
とゞまりたまへ旅人よ