Nicotto Town



3.11


 この詩は3.11について10編くらい書いた中の1つです 



大地はあの日
自分の肌に刻み込まれた無数の傷を
洗い流すため
はげしく身を震わせ
大きな波を呼び寄せた

その夜はとても美しい星空だったというが
見上げた者はいない

夜空の星を妨げる明かりもネオンもないというのに

地上が火に包まれ
暗闇が恐ろしいほど世界を支配した

人々は

自然を本当に恐ろしく感じた原始の世界に迷い込んだ

朝の光の中で
誰かが泣きながら言った
使い物にならなくなった土地は捨て
どこかへ行くしかないのか

きのうまで住んでいた地面は
どこまでも続く浅い海に変わり
ただ空を映している

あの海の底で人が呼んでいる
だから風がこんなに強いのか

あの日から
心を通り過ぎていく「時」の測り方も忘れた
かつて時間は風のように
私たちや木々の中を吹きぬけたものだが
たしかあのあとやってきたのが
春というものだったのかだれも分からない


距離も時間も飛び散ったあと

目に見えないものを測り続ける日々が始まった



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2024/09/30 22:41
ごんじゃままさん!

コメントサンキュ♥

日本のように自然災害の多い国で地震や水害で亡くなる人は悲しいくらい多い
その悲しみは言葉で言い表すことはできない
まして「ああすれば良かった!」、「ああ言えば良かった!」と後悔する場合
その悲しみはいっそう深いだろう
阪神淡路大震災から20年朝日新聞が行った遺族調査では20年経っても遺族には
罪悪感があるという 特に子供を亡くした場合、生き残ったというだけで罪の意識
を感じているという
「悲しみは消えることはない!」遺族の9割は「心残りがある」という
予期せぬ形での死別は生き残った人間に喪失感や人生観に大きな混乱をもたらす
立ち直ることは難しいけど悲しみの中にあっても癒され幸福を感じることができる
と信じて生きていくしかない
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2024/09/30 20:25
ヘルメスさんこんばんは(´▽`*)
新総裁支持率50%何にもしてないのに確かに変

この震災の後テレビで被災者の方々の中で
私ぐらいのご婦人がマイクに向かって語られた事
娘さんが実家で2人目出産で里帰りされていたさ中に震災に遭われました

娘さんが「3月10日にもう帰る」とご婦人に告げました
でも お母さんであるご婦人が「まだ上の子も手がかかるし もう少しいたら」と

「私がひきとめた」と静かに語られました
娘さんとお孫さん2人 ご婦人の夫が津波で。。。。
この話を聞いて 私は人に指示するような言葉は控えるようになりました
ず~~~っとこのご婦人が可哀想過ぎて心に残っています
距離も時間も飛び散ったあと 少しでも何でもいいから戻ってきてくれたら嬉しいです
聞いてくださりありがとうございます
ヘルメスさんもいつどこで何が起こるかわかりません
どうかご無事でこれからもお過ごし下さい(*^^)v
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2024/03/12 08:35
久しぶりの詩…

あの時読んだ記憶があるよ。

今読んでも心が揺れて涙が出た(T_T)



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