夢 (3)
- カテゴリ:自作小説
- 2024/03/08 07:55:52
その虚無感はすでにマンホールなどではなく、無限に拡大しつつあるブラックホールとなっていた。
おれはえも言われぬ恐怖を感じながら、この家にいることが鳥肌が出るほど我慢ならなくなっていた。
とにかく今すぐに出て行かなければならない。もうここには1秒だっていることはできない。
そう強く思った。
今はとにかくまたあの夢の中へ戻りたかった。
今のおれにはそれだけが何よりも重要だった。
あの夢に戻ることだけがおれにとって必要なことだった。
他のことは何も考えたくなかったし、夢のことしか考えることができなかった。
おれはスーツケースを2つ出して、1つに最低限の衣服や下着、靴下、髭剃りなど生活に必要なものを詰めた。
一つは空のまま持っていく。
財布から現金とシティバンクのカードだけを抜いてポケットへ入れ、財布は運転免許証や保険カードなどの全ての身分証が入ったままシェルフの上に置く。車のキーもポケットに入れて、携帯とパソコンも置いておくことにした。
空の封筒に自宅の住所と妻の名前を書いて切手を貼り、それも持っていく。
もうこの家には戻って来ないつもりだった。
ポロシャツとジーンズに着替えて家を出る。
ドアにロックをかける時、自分が妻にも子供たちにも何の未練も無く、悲しみや寂しさや不安も、申し訳ないという感情さえ、何も感じていなかった。
ただ、今すぐにこの家から出なければいけない。とだけ思っていた。
ガレージを開けて、工具棚からドリルを取り出して、アルファロメオに乗り込む。
ドリルでカーナビのネジを一つづつ全て外して、カーナビをガレージの床に置いておく。
カーナビのGPSで行き先を辿られるのを防ぐためだ。
車を出して、リモコンでガレージを閉めて、車の窓を開けてリモコンはガレージ横の芝生に投げ捨てる。
まずはマンハッタンの潤沢な資金を常に金庫に保管しているNYで最も大型のシティバンクへ行き、100万ドル現金で引き出す。
顔なじみの銀行員はもちろん訝しく思って、おれが犯罪に巻き込まれたかと疑ったり、渋っていたが、おれはでっち上げた適当な理由を言って、強引に押し通した。
おれはこの支店にとって、かなりの上客なので、銀行員は無下にすることは出来ない。
100万ドル下ろしても、まだ1000万ドル以上残ってる。その残金は家族に残していく。
それだけあれば、今後、おれがいなくても彼女たちは当分、(いや、一生と言って良いだろう
)生活に困ることはない。
100万ドルの現金を空のスーツケースに詰めて、車の中で暗証番号と、「口座内の残高を全て家族に譲る。」という文章とサインをシティバンクの窓口に備え付けられている小さなメモ用紙に書いて、シティバンクのカードと一緒に家の住所と妻の名前が書かれた封筒に入れる。手紙などは添えず、ただ暗証番号を書いたその小さなメモだけを入れた。目の前のストリートにあるポストに封筒を投函してから、車を出した。
高速道路でコネチカットを抜けて、4時間も走ると、アメリカで最も小さな州、ロードアイランドの州都プロビデンスに着く。
ロードアイランド州は初めてくる場所で、親戚や知人もいない。
おれとロードアイランド州を繋ぐものは何もない。
メインストリートにある古いダイナーで遅い昼食を食べる。
それから、プロビデンスで最も高級なホテルへ行って最上階のスイートにチェックインする。
当然、偽名を使った。
エドワード・ストランドという短編小説を主に書いていたカルフォルニアの小説家の名前を拝借した。
ボーイへチップを払い、ようやく一人になって落ち着いた。
冷蔵庫からハイネケンを出して飲み、窓の外を見る。
知らない街並みを見ながら、おれは思う。
おれは妻を心から愛していたし、子供たちも愛していた。
本当に心から。
その実感は確かにおれの中に残っていた。
だから、こんなに遠くまで来れば、もしかしたら、彼女たちに何かの感情が湧くのかもしれない。後悔するのかも知れない。と思いながら、アルファロメオを運転してきた。
もし、そうなら、すぐに引き返して家へ帰るつもりだった。
しかし、今、やはりなにも感じていない。
おれが感じているのは、恐ろしい虚無が充満した家から離れられた安堵感だけだった。
その他には、家族に対しても仕事に対しても、もっと言えば自分の人生に対してさえも、全く何の感情も無かった。
お〜、、何にでもなれる今がいい。というのは金言ですねー!
優里さんという歌手の「ビリミリオン」という曲なんですが、老人が若者に50年の寿命を売ってくれ、と言ってるお話です。100億払って奥さん子供もつけるから、と言ってるんですが(^^;
その若者は「何にでもなれる今がいい」と言って断るんですが、それはほんとにその通りだな~と思います。
お金は大切ですけど、お金じゃ買えないことも確かに存在しますよね・・・
話が脱線しててすみません(^^;