つるつる
- カテゴリ:自作小説
- 2023/12/10 10:20:54
桃のような産毛がうっすらと生えた、すけてしまいそうなほどつるつるの薄い肌色の球体の生き物が、テーブルの上にあるやまぶどうのつるで編まれた果物入れのカゴの中にぷりぷりとしたその身体をそうっと果物たちの間に隠していた。
バナナやりんごや洋梨に隠れて、すこしだけ見えているその身体はほのかに赤みがかっており、かすかにあたたかいお日様のにおいがする。
玄関を入ったロビーから二階へ上るとても大きな階段の手すりはクルミの木で出来ており徹底的にきっちりと磨かれて、深く輝いていた。
しかし、その屋敷に住むものは誰もいないようだ。
彼は人間ではないが、その屋敷の主人であり唯一の住人であった。
使用人もペットもこどもたちもおらず、彼ただひとり(もしくはいっぴき)が住んでいるだけであった。
ひまを持て余すと彼は、果物入れの中や暖炉の裏、台所の調理器具のすきまといったところに身を隠し、世界から隠れていることにわくわくしながら外界を感じているのであった。
彼には邪気というものも見当たらなかった。
今日の彼の気持ちは濃いめの緑色で、その中には「喜」が強めに含まれていた。
よいことがあったのだ。
いつも遊びにくる友人が結婚したというのだ。
友人の喜びは純度が薄まることが無く彼の感情となるのが彼の常だった。
つまり、友人の喜びはそのまま彼自身の喜びであったのだ。
友人はアメリカヤマセミという鳥だ。
イギリスの片田舎の森になぜかアメリカの鳥が住んでおり、彼がとくに仲のよい友人のひとりであった。
アメリカヤマセミはこどもができたのだった。
鳥たちの世界では結婚とはこどもができることを言うのだ。
その喜びを強く発散しているために今日は彼のにおいがいつもより強くなっていた。
彼は料理はしない。
好物は生卵と牛のミルク。
セロリやチーズ、チョコレートなんかも好きだ。
それらの食物は友人たちが自分たちのものを持ってきてくれた。いのちをわけるのがこのあたりの当たり前のともだち付き合いであったのだ。
年数を数えられないほどの時間がたち、友人たちもいつも死に、そして新しい友人ができて、そしてまた月日が流れて、その友人たちも死んでいくことが何度も繰り返されてきた。
屋敷はいつも清潔に保たれて、食料庫はたくさんの食べ物で満たされていた。
彼がいつも保有しているのは哀しみだった。
生きること、それそのものにたいする哀しみはいつも産毛のように感情の表面を薄くおおっていた。
それとも孤独だったのであろうか。
彼には伴侶はいなかった。
恋人と呼ばれるものもなかった。
彼には友人がいた。
しかし、彼らはすべて鳥や牛、犬や虫、花や木や雲といった自分とは別の種類の生き物であった。
彼には名前がなく、そして同じ種類の生き物と会ったことも無かった。
彼には思考がなかったが、ものごとは理解することはできた。
それは思考とはべつの、より直接的に触るような理解の仕方であった。
彼には言葉は無かったが、メロディがあった。
友人たちとはそのメロディを介して会話が成り立っていた。
彼が屋敷から出たことはその長い歴史の中でただの2度しか無かった。
一度目は屋敷の台所でボヤが出た。
そのときはアメリカヤマセミが彼をくわえて屋敷から避難させてくれた。
そして友人の馬が彼のために屋敷を修復する大工を探してきてくれて、支払いはそれも友人の牛や鳥がミルクとチーズ、新鮮な野菜や卵で支払ってくれた。
新しくなった台所は以前よりも香ばしい香りのする木材が使われていた。
そして2度目が夢だった。
夢を見た。
鮮烈で純粋な恐怖をそのまま夢にしたものだった。
目が覚めると屋敷の庭にころがっていたのだ。
今、彼は果物の陰でいつのまにか眠ってしまっていた。
水曜日の午後2時をすぎたところ。
屋敷の周りの花は黄色いお日様の下でそよかぜに吹かれている。
彼はいつも長くねむる。
クリーム色になってねむる。
ふふ、そうですね。でも、きっと彼は誰にも見つからないところにいます(^-^)
ありがとう。楽しんでいただけて嬉しいです(^-^)