ニクラは右足をびっこ引きながらゆっくり階段を一歩づつ上がった。
絞首台の上には、執行人が一人、待っている。
絞首台の上に上がると、執行人はニクラの首にしっかりと食い込むように縄をくくりつけた。
そして、執行人は絞首台から降りた。
牧師が絞首台の下からニクラを見上げて、祈りを捧げた。
後は、ニクラが自分で絞首台から飛び降りて死ななければならない。
もし、いくら待っても罪人が自分で飛び出さないときは、執行人が強制的に絞首台から罪人を落とすことになっていた。

広場にいる全ての人たちがニクラの挙動を見つめていた。
眉をしかめるもの、目をつむり神に祈り手を組んでいる者、薄ら笑いを浮かべている者。
キラの母親は目から涙を流して神に祈り、父親は背筋を伸ばした立派な態度でニクラを見つめていた。
ニクラは絞首台の上に一人で立ち、まっすぐに前を見ていた。その目は、キラの両親やシュコピッポ大佐、町の人たちの誰にも向けられていなかった。
ただまっすぐ前を見ていた。
ニクラはゆっくりと足を絞首台の外に一歩踏み出した。
ニクラは絞首台から落ちる。



がつんっ！



という音がして、ニクラの身体は全ての力が抜けてぶらんぶらんと激しく揺れた。




観衆の誰かから、ひっ！という小さな悲鳴が上がった。
広場は静まり返り、縄が、ぎぃぎぃぎぃぎぃと不吉な音を繰り返し、絞首台はギシギシと嬉しそうに軋んで音を出した。

青い空には白い雲が浮かんでいた。

町の人たちはみな目を覆ったり、顔をそむけたり、両手を組んで神に祈ったりしていた。
シュコピッポ大佐は無表情にそれを眺め、キラの両親は痛ましい表情で目を瞑り、ニクラに祈りを捧げていた。

ぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃ、、

不吉な音はしばらく続き、ニクラの身体は揺れ続けている。
執行人が時計を見て時間を数える。

そして、執行人が合図をすると、町の牧師が絞首台の前に立ち、ニクラに向かってもう一度祈りを捧げる。
祈りを終えると、医師と執行人が絞首台に上がり、縄を掴んでニクラの死体を絞首台の上に引き上げようとした。

そのとき、どこからともなく、奇妙な音が聞こえてくる。

どんどこどんどん、どんどこどんどん、どんどこどんどん、どんどこどんどん、どんどこどんどん、どんどこどんどん、、

医師と執行人は縄を持つ手を止めて、あまりの異様な雰囲気に何事かと辺りを見渡した。
町の人たちもザワザワとあたりを見渡すけれど、広場のどこにもそんな音を出してるものは無い。
音は明らかに広場の中で鳴っているのに、その音を出してる正体がどこにも見えないのだ。
音はどんどん脅迫的に大きくなってゆく。
そして、地面が震え、地震が起きた。

この国では地震など起きたことが無く、町の人たちはうろたえて、なんだこれは！？と、口々に騒ぎ、きゃあ！！と悲鳴が上がった。
地面は前後左右にめちゃくちゃに動いている。
たまらず医師と執行人はニクラがぶら下がっている縄から手を離して執行台から転げ落ちるように階段を下りる。
警官たちは、火薬銃を手にとって、警戒した。

どんどこどんどん！どんどこどんどん！！！どんどこどんどん！！！！！どんどこどんどん！！！！！！！！！！どんどんどこどんどんどこどん！！！！！！！！！！！！！どんどんどこどこどどどどどどどど！！！！！！

その音はあり得ないほど強大に広場中に響き渡り、地面を揺さぶっていた。音は町よりも遥か遠くの山にまで聞こえるほどで、鹿やリスやネズミたちが怯えて隠れていた。
地面はぐわりぐわりとまるで海面のように波打って揺れている。
とてつもなく巨大になった音は地面を大きく揺らし、町の人たちは誰も立っていられなくなった。

町の人たちはパニックになり口々に悲鳴をあげながら右往左往と広場から逃げ出そうとしていた。
もう音の正体などどうでもよかった。
誰もが一目散にこの広場から逃げ出そうと這い回っていた。
むろん、キラの父親と母親も四つん這いで逃げようとしていた。
警官も軍人たちでさえ、慌てふためいた顔で必死に逃げようとしていた。
しかし、凄まじく揺れている地面にしがみついているのが精一杯で、誰も広場から逃げる事は出来なかった。

シュコピッポ大佐は厳しい大声で、その場にいる警官たちと軍人たちに命令を出した。

怪しいものは全て射殺しろ！！

どろろろろろろろろろ！！！！！どんどんどここん！！！！！！！どんどこどどどどどどどどどどどどどんどんどん！！！！！！！！

絞首台は横向きに傾いてゆっくり倒れ、ニクラの死体は縄から外れて地面に投げ出された。
すると、地面に転がったニクラの死体は突然立ち上がり、脱兎のごとく走り出した。
それを見た誰もが目を疑ったが、ニクラは生きていたのだ。
ふくらはぎをケガしているはずなのに、ニクラはとても素早かった。

やつは生きてるぞ！！！
撃て！撃ち殺せ！！！！！！

シュコピッポ大佐はそう命令したが、警官も軍人たちもみんな地面に腹ばいになったり、頭を抱えてうずくまったりしていて、誰一人動けなかった。

突然、巨大なかみつきが広場横の道に現れて、広場の中央に向かって猛スピードで走り込んで来た。
かみつきの背中にはハナ婆とぱっぱっぷすが乗っている。
巨大なかみつきに乗った大きなハナ婆が太陽の光を反射してギラギラと光る大きな刀を振りかざし、雄叫びをあげて突進してくる姿は、まるで本物の魔女のように恐ろしかった。
広場のあちこちで立てなくなって四つん這いになっている町の人たちから、悲鳴が上がり、あまりの恐怖に失神する人もいた。
かみつきはニクラに向かって猛スピードで突進している。
ハナ婆はかみつきの上からニクラを素早く片手で抱え上げると、自分の後ろにいるぱっぱっぷすに放り投げるようにして渡した。
そのとき、軍人たちは地面に寝そべったまま、ニクラたちに向かって火薬銃を構えた。
全員恐ろしさのあまりに、手足がブルブルと震えていた。
彼らはシュコピッポ大佐に命令されたからではなく、ただ恐ろしいから銃を構えた。
しかし、彼らの手や腕には突然鋭い痛みが走り、火薬銃を落としてしまった。手や腕に矢が突き刺さっているものや、小さな針のようなものが刺さっているものもいた。針に刺された軍人たちの腕や手は痺れていた。
広場にはいつの間にかポルコに乗ったキラとセイゲンさんが走り込んで来ていた。
キラは競馬の騎手のように思い切り前かがみになってポルコの手綱を握り、ポルコは全速力で走っていた。
セイゲンさんはキラの後ろに乗り、軍人や警官たち目がけて吹矢を吹いていた。
そして、かみつきの上からは、ぱっぱっぷすが矢を放っていた。