キラとニクラの大冒険 (50)
- カテゴリ:自作小説
- 2023/11/14 10:23:21
ニクラはキラとぱっぱっぷすのことだけを、強く強く、強く強く、思った。
それから、ニクラは静かに目をあけると、肩の力を抜いて、まっすぐに邪悪なものの108つの目を見た。
邪悪なものはニクラが目をつむっている間に鼻先がつくほどニクラの目前まで来ていた。
ニクラはそれでも、邪悪なものの108つの目を見つめ続けた。
ニクラは睨んでいなかった。
ニクラの目には憎しみも怒りも悲しみも無く、ただひたすらにキラとぱっぱっぷすの命のありかを108つの目の中から感じ取ろうとしていた。
邪悪なものはニクラを恐ろしい憎しみの力で呪い殺そうとしていた。そして、手を伸ばし、ニクラの首に手をかけると、憎しみで真っ黒くなった指がニクラの喉に食い込んだ。
ニクラはそれでも、強く強くキラとぱっぱっぷすを思うことをやめなかった。
ニクラは108つの目を見つめ続けた。
邪悪なものの黒い指先はニクラの喉を切り裂いて体内に入り、心臓を掴み、握りつぶそうとしていた。
ニクラは考えることをやめて、キラとぱっぱっぷすの命を感じ取ろうと自分の感覚を糸のように伸ばして集中していた。
邪悪なものの黒い指はついにニクラの心臓を握りつぶし、そのしたにある内臓までも手をかけた。
しかし、ニクラは少しも抵抗しなかった。
そのとき、ニクラはキラとぱっぱっぷすの命がこの場所に無いことを悟った。
ふたりの命はすでに邪悪なものの暗黒の腹の中にあるのだ。
そう思いながら、ニクラの意識は遠のいていった。
気がつくとニクラはドス黒い暗黒の中にいた。
自分が生きてるのか死んでしまったのかもわからず、ぼんやりとした頭で突っ立っていた。
突然、暗闇の中でニクラは数多の気配があることを強烈に感じた。
暗闇の中で、一万を超えるほどの無数の目が睨みつけていたのだ。
そばにイルカもいないし、邪悪なものもいない。キラとぱっぱっぷすもいない。
暗黒の中で一万もの目が憎しみを込めてニクラを呪い殺そうとしていた。
一万の目は邪悪なものが作り出した幻だった。その幻は今まで多くの人間たちの魂を殺してきた。
強い幻は真実を変えるだけの力があった。
憎しみの力はぎりぎりと空気を軋ませて、今度はニクラの魂をぐしゃぐしゃに押しつぶそうとしていた。
ニクラのぼんやりした頭で思ったことは恐れではなくただひとつ。
キラとぱっぱっぷすを救うことだけだった。
それからニクラはその目たちを見ていると、なんだかとても悲しい気持ちになって言った。
君たちはここから出られないのかい?
ぼくを殺したって君たちはずっとそのままだよ。
かわいそうだけど、ぼくはともだちを君たちの胃袋から助けなくちゃいけないんだ。
かわいそう?
邪悪なものはニクラに憐れまれたことに怒り狂った。
今まで人に憐れまれたことなどなく、それは大変な侮辱に感じられた。
かわいそう。なんて言葉は愚かな人間どもの言葉で決して我々のためにある言葉ではないのだ。
邪悪なものはその幻をますます強いものにして、極度に強まった憎しみの力はその空間をベキベキと氷に変えていった。
氷はニクラの存在を貫こうとしていた。
もし、ニクラが少しでも恐れていたら、一瞬で氷に貫かれていた。
しかし、柔らかくまっすぐにキラとぱっぱっぷすにたどり着こうと願うニクラの心に、一万の憎しみはただの1つも届かなかった。
ニクラはあめしらずに聞いた。
ぼくを暗黒の胃袋に連れていって。
すると、あめしらずはゆるゆるとニクラのズボンのポケットから出てきて、ナメクジのようにのろのろとニクラのズボンをつたって暗黒の地面に降りると光始めた。
ニクラの頭の中で声が聞こえた。
いぶくろはここよりもっとしただ。
ニクラは驚いて、これはあめしらずの声なの?と思わず聞いた途端に、ニクラの足元から地面が消え失せて、ニクラは落ちていった。
落ちていく途中の壁にも数多の目がニクラを睨み続けていた。
ニクラは下へ着いた。
ここが邪悪なものの暗黒の胃袋だった。
すると、邪悪なものはまたニクラの目の前に突っ立っていた。
邪悪なものは憎しみのイメージの力でニクラの心臓を潰し、幻の氷で魂をも潰そうとしたけれど、結局どれも叶わなかった。
ニクラには憎しみの力は届かなかった。
ニクラのキラとぱっぱっぷすを思う気持ちの前に憎しみの力は役に立たなかったのだ。
現実のニクラは身体も魂もケガひとつなく、ここにいた。
邪悪なものはニクラを殺すことを真実にできなかったことに混乱し、怒り狂っていた。
邪悪なものの憎しみが人を殺せなかったことなど、初めてだった。
ましてや、目の前にいるのはただの子供だった。
ただの小さな子供ごときに憐れまれた。
そのことが邪悪なものの身体中に充満し、突然口から茶色のドロドロを大量に嘔吐した。
邪悪なものの108つの目は顔中をぐるぐるとめちゃくちゃになってまわっていた。
そして、2つの目を残して、他の目がすべて顔からポロポロと剥がれ落ちてしまった。
邪悪なものの顔にはふたつの目と、鼻と口が一つづつになっていた。
その顔はみすぼらしく、目からはだらだらと涙がこぼれ落ち、口元から苦しそうな吐息が漏れ、よだれが糸を引いてあごを伝って落ちていた。
邪悪なものは2つの目で涙の向こうに霞むニクラを見た。
ニクラは光を放っていた。
一閃の光は、邪悪なものの魂を貫いた。
ニクラは一体何が起こっているのかわからなかった。
邪悪なものの胃袋は、暗くて冷たくて音のない悲しみに満ちたみすぼらしい狭い場所だった。
キラはそこに静かに寝ていた。
ぱっぱっぷすはもう力尽きて、うずくまっていた。
ニクラはふたりの肩に手を置いた。
ぱっぱっぷすは顔を上げて、力無くニクラの名前を呼んだ。
キラはまだ眠っていた。
ニクラのそでからあめしらずがゆるゆると這い出して、キラの唇を開けて、その隙間から身体の中に入っていく。
しばらくすると、あめしらずはキラの命を持って出てきた。
ニクラはキラの命を手の平で温めて、じっとキラのことを思った。
じゅうぶんにあたたまったキラの命は柔らかくなって、トクントクンとその息吹を取り戻した。
ニクラはあめしらずにキラの命を渡すと、あめしらずはもう一度キラの口から身体に入って、命をしかるべきところに戻した。
あめしらずが口から出て、すこしすると、キラはゆっくりと目をあけた。
ニクラはキラに微笑んで、キラの手を握った。
キラもニクラに微笑んで、言った。
ニクラ、ありがとう。