キラとニクラの大冒険 (44)
- カテゴリ:自作小説
- 2023/11/07 09:44:50
今、3人は馬車に乗って低い丘の上を進んでいた。
左手の前方には大きな湾が見える。
少しこの辺りの海を探検してみようと、初めに着いた浜辺を出発してから、3日が経っていた。
あの湾に着いたら、またあそこにテントを建てて、しばらく探索してみよう。
と、ニクラが湾を指差して言った。
湾まではまだ半日くらいかかりそうだった。
そろそろ昼めしにしようよ!
ぱっぱっぷすはそう言うと、ポルコのハーネスをさっそく外した。
わたし、ちょっとベリーを積んでくるわ。
キラはそう言うと、近くにある藪の中へ入っていった。
このあたりにはずっと藪が続いていて、その奥にたくさんのベリーがなっていた。
セイゲンさんの家から持ってきた食べ物はそろそろ無くなりかけていた。
とくにパンは大切に取っておきたかったので、パンを食べるのは一日おきにしていた。
だから、今までよりもっとベリーや野草を取らなくてはならなかった。
キラはニクラとぱっぱっぷすに教わって、今ではベリーや野草やキノコを探すのが一番上手になっていた。
キラは藪の中に入ってベリーを積んでいると、なにか音が聞こえるのに気がついた。
はじめ、もしかしたらまたあやかしが現れたのかも知れない、と身構えたけど、あたりの木々や影はゆがんだりしていないし、こないだみたく悲しい気持ちにもならないので、あやかしではないとわかった。
今までに聞いたことのない、
ぷぷぷぷぷぷぷぷ、ぷりぷりぷりぷり
と、赤ちゃんの声みたいな不思議な音で、どこかからか小さく聞こえている。
キラはベリーを積むのをやめて静かに耳をすませた。
どうやら、藪の少し奥の下のほうから聞こえているようだ。
キラはゆっくりと音のするほうへ進んだ。
音はすぐそこに聞こえる。
キラはそっとベリーの枝をよけて、地面を見た。
すると、そこには小さな妖精がふたりいた。
キラがまだ小さかったころ、ひいおばあちゃんに妖精の図鑑をよく見せてもらった。
ひいおばあちゃんは図鑑を見ながら、キラに妖精のことをたくさん教えてくれた。
そして、ひいおばあちゃんが亡くなったときに、キラへ。と、書かれた木箱の中にその図鑑も入っていた。ひいおばあちゃんは亡くなる前にキラのためにキラの好きなものを全部その木箱に詰めておいてくれていたのだ。
木箱には、妖精の図鑑のほかにもキラが欲しがっていたひいおばあちゃんの真珠の結婚指輪や、髪飾り、花の形の金のイヤリングなど、たくさんのものが入っていた。
キラはひいおばあちゃんが亡くなった後もよくその図鑑を眺めていて、妖精のことならなんでも知っていた。
キラはこないだ精霊には会ったけれど、妖精を見るのははじめてだった。
その妖精はキッチという名前の妖精で、土の化身だった。
精霊は自然を守るために存在する神のようなもので、妖精は自然の魂が姿を変えたものだった。
ふたりの小さな妖精は恋の真っ最中だった。
男の子のキッチが女の子のキッチに愛を打ち明けているのだ。
図鑑に書いてあった通り、キッチの男の子はキノコのような形をしていて、黒色でちゃんと小さな手と足もある。女の子のキッチにも小さな手と足があって、卵のように丸くて白く、すこし細長い。キッチは人間と同じように服も着ていて、おしゃれが大好きだった。それは木の葉や花びらで作られていて、毎朝時間をかけてその日の服をこしらえるのだ。
男の子のキッチは身体をゆらすと、ぷりぷりと、音を鳴らす。
赤ちゃんの声のような音で連続して鳴らすのは、愛の告白をするときだった。
キラは、はじめて妖精を見て、とても嬉しくて、ふたりに気づかれないようにそっとその様子を見ていた。
男の子のキッチが愛の告白を終えると、女の子のキッチは身体の色を淡いオレンジ色に変えた。
図鑑にそのことも載っていたけど、それは、愛している。という気持ちのあらわれだった。
キッチの、とくに女の子は身体の色に気持ちや体調が自然に現れるのだ。
すると、キッチの男の子は女の子に虫をあげた。
女の子はその虫を食べた。
それは結婚の約束だった。
キラは妖精の結婚式を見れて、すごく嬉しくて、ワクワクしていた。
それからふたりのキッチはむにむにと身体を動かして、地面に埋まっていき、土の中へ帰っていった。
妖精図鑑の最後にはこう記されていた。
妖精と会うことができる人は非常にまれです。しかし、一度出会えた人は一生に何度か会えることになるでしょう。
ほとんどの会えない人は一生に一度も会うことができません。
会う方法も、どんな人が会えるのかも、全く知られていません。
もし、あなたが妖精に出会えたなら、それはそれはとても幸運なことです。
キラは自分の部屋で妖精の図鑑を見るとき、いつも、いつか妖精に会ってみたい。と、空想をふくらませていたけれど、図鑑の最後のその言葉を読むと決まって、きっとわたしは一生妖精に会えないんだわ。だって、こんなに窮屈な家で、ずっと暮らさなくちゃいけないんですもの。と、思っていた。
でも、今、目の前で妖精を見て、しかもそれが求愛しているときだったなんて、キラには信じられないほど嬉しかった。
キラはテントに戻ると、興奮してふたりに妖精に会ったことを話した。
ニクラもぱっぱっぷすもすごく見たがったので、3人でさっきキラが妖精に会った藪の中へ行ってみたけど、もう妖精はいなかった。
がっかりしているふたりにキラは言った。
ニクラもぱっぱっぷすもきっと近いうちに妖精に会えるわ!
ぱっぱっぷすは、そうかなぁ。と言って、めずらしく少しだけ元気がなくなってた。
でも、キラの言ったことは後で本当になる。
それから3人はベリーや魚の干物のお昼ごはんを食べて出発して、夕方には湾に着いた。
もう夕方で、もう少しで日が暮れそうだった。
3人は日が落ちる前に急いでテントをはってから、夕ごはんのしたくをした。
夕ごはんを食べ終えたころにはもう真っ暗で月が輝いていた。
満月だった。
次の日の朝、3人は早くに目覚めると湾内を探検することにした。
こないだまでいた浜辺もゆるい湾になっていたけれど、今度の湾はもっとずっと大きかった。3人がテントをはった場所は砂浜の手前の少し固めの土のあたりだった。砂浜は湾の左手に大きく弓なって細長く続いていて、右手のほうは丘になっていて、海に面して崖が続き、一番先端はかなり高く鋭い崖になっていた。
3人は金の粉と黒い泥だんご、お昼ごはんの蜂蜜とパンとベーコン、ナタやナイフとモリを持って、崖の先端を目指して歩いた。
ポルコはテントの近くでのんびりと草を食んでいた。
しばらく砂浜を歩いてから丘の上へ登っていく。砂浜から丘へ入ったあたりにはたくさんの花が咲き乱れて、見たことのないハチのような虫が辺りを舞っていた。
空は晴れて太陽が大きく、とても暑い日だったので、3人とも汗をかきながら丘を登った。
丘はだいぶ急勾配で、丘の真ん中あたりまで来たとき、3人は休憩して海のほうを見た。空に何十羽かのエスパーという海鳥が飛んでいた。
ぱっぱっぷすは、もうちょっと近かったら獲ってやるのになぁ。うまそうだなぁ。と言った。
エスパーたちが海上の同じところでホバリングして、魚を狙って次々と一直線に海へ飛び込んで行くのが見えた。
あの辺りにたくさんの魚の群れがいるのだろう。