Nicotto Town


どんぐりやボタンとか


キラとニクラの大冒険 (12)

精霊たちは人間が生まれるはるか昔からこの星に住んでいた。

キラのひいおばあちゃんはキラに精霊のことをたくさん教えてくれた。

ちかごろ、人間たちが戦争をしたり、森や海を壊すので、今では人間の見えないところ、木や土の中、川や湖の中に隠れて暮らしていること。

精霊たちの仕事は、空気を編んで風を作ったり、石を練ったり砕いたりして粘土や砂を作ったり、水のつぶを空に浮かべて雲や雨を作ったり、虫たちの世話をしたり、木々や花の相談に乗ったり、動物たちが死んだあと別の形に変えたりすること。

精霊にはいろんな種族がいて、個々の性格ももちろんあるんだけど、ほとんどの精霊たちはおしゃべりが大好きなこと。

それから、精霊たちは空(宇宙)とつながっていること。

ひいおばあちゃんは人間たちが傍若無人に振舞って、この大地を精霊たちから奪ってしまったことを心から悲しんでいた。
精霊たちと仲良く暮らすことは昔の人間たちにとって最も大事なことだったのに、いつからこんなふうにひどいことになってしまったのだろう。と、キラに話した。


キラがまだ5歳のとき、ひいおばあちゃんの家に家族で遊びに行った時、キラは近所にあった池で溺れた。
キラは両親とひいおばあちゃんが話をしているとき、一人でこっそり家を抜け出して池に遊びに行ってたのだ。
池は深いエメラルドグリーンで、蓮の白い花や大きな葉を浮かべていた。
夕方になると、池の色はなぜか池の中まで透き通る透明になり、夕焼けのオレンジ色をきらきらと反射させた。
いつも小鳥たちのさえずりが聞こえて、たまにゲコゲコと蛙の声も聞こえ、蛇が水面を滑っているのを見かけるときもあった。
キラは以前からずっと、池に入ってみたいと思っていたけど、母親に入ってはいけないと言われていた。
たまたま近くを通りかかった近所に住んでいる大工が池に飛び込んで、溺れて池の底に沈みかけているキラを助けた。
大工は急いでぐったりとしているキラを医者の家に運んだ。
医者がキラを見たときには、もうキラの心臓は止まっていた。
知らせを受けた両親はあわてて医者の家に駆けつけた。
ところが、ひいおばあちゃんは医者の家には行かず、ひとりでキラが溺れた池へと行ったのだ。
ひいおばあちゃんは池に腰まで浸かり池の精霊たちに向かって村の言葉で話しかけた。

ご存知の通り、あなたたちの素敵な池で女の子が溺れたわ。
あの子はあなたたちの池があんまり魅力的なものだから、魚では無いのに水の中へ入ってしまったの。
どうか、わたしのひ孫を助けてちょうだい。

病院のベッドに寝かされているキラは、もうどんどん肌の色が無くなり、蝋人形のような死体になりかけていた。

そのとき、そこにいる大人たちの誰も気がつかなかったけれど、キラの体の中では相談するような声が聞こえていた。もし、キラの口に耳を近づけたらかすかにその声が聞こえただろう。
やがて、キラの身体の中で行われた相談は終わったようで、声は聞こえなくなった。
彼らは相談を終えて、身体から出ていったのだ。

両親も医者も大工も、もうほとんどあきらめていたとき、キラの口から少しづつ半透明の灰色の水が流れ出した。
池の水や泥ではなくて、そこにいた大人たちはその水がなんなのかわからなかった。
灰色の水はキラの口や鼻からどんどん溢れ出して床に滴り落ちた。
やがて、病室の床中に灰色の水の大きな水たまりが広がって、キラの口から溢れ出る水が止まった。

大人たちが驚き、立ちすくんでいると、唐突にキラの目が開いた。
キラはベッドの上で上半身を起こすと言った。

ひいおばあちゃんがお願いしてくれたの。

と言った。

両親も医者も大工も、キラが突然起き上がってしゃべったことにびっくりして、キラが何を言ってるかなんて全然わからなかった。

そのときのことをキラは今でも覚えている。
部屋にいた大人たちには聞こえていなかったけれど、キラにはその相談の声が聞こえていた。
彼らは、キラを助けるか、または、死ぬのを待って、キラの身体を別のものに変えるか、を相談していたのだ。
だけど、キラは本来そこで死ぬ予定ではないことを身体の中を調べたらわかったので、ひいおばあちゃんの願いを聞き入れたのだ。

灰色の水は死だった。
その水が身体を満たしたとき生き物はその命を終える。
精霊たちはその水をキラの身体から出したのだった。

キラはひいおばあちゃんと精霊たちが自分を助けてくれたことをわかっていた。
それから精霊に会うことは無かったけど、ずっといつか精霊に会いたいと思っていた。

だから、今、精霊を助けることはキラにとってとても大事なことだった。


ニクラとキラは話し合った。

けっぺるというのは、どんな意味なんだろう?
底って、海や湖の底か、それとも何かの穴の底なのかな?

この辺りに池やほら穴なんてあるかしら?

そんなことを話していると、ニクラにひとつのアイデアが浮かんだ。

池やみずうみやほら穴にしても、川とつながっているんじゃないかな?
ぼくたちが来た道の横に川があるじゃないか。
川にそって、進めば、池やみずうみに行けるかもしれないよ。

ふたりが来た森の中の道のわきには小さなせせらぎが流れていた。
言われないと気がつかないほど細いミミズみたいな流れだった。
今来た道の方には何もなかったから、ふたりはやはり川沿いを海に向かって進むことに決めた。

もう日が暮れて来たので、今日はこの巨木の下にテントを張って泊まることにした。
セイゲンさんに夜は進まないことを注意されていた。
夜には馬を食べてしまう魔物が森を徘徊しているからだった。
魔物は馬の汗の匂いをたよりに近づいてくるので、寝る前にポルコの身体を土のついた草の根っこでこすって匂いを消さなくてはならなかった。

ふたりはテントを張って、火を焚いた。火箱の使い方はセイゲンさんに教わったから、一度失敗したけど、2度目で火をつけられた。
魚の干物を火で炙って食べた。
湖で獲れるニャゴという大ぶりの魚で、炙ると身が柔らかくなって美味しかった。

次の日の朝早くに起きて、ふたりはテントをたたんで、パンをひとつづつ食べてから出発した。

くねくねと小さくくねりながら流れるせせらぎに沿って1時間も進むと、せせらぎの流れは道からそれて、森の中へと入っていた。
その方向にはシダやつる草が生い茂り、馬車で進むのは無理だった。
ポルコをここに置いていくのも、道からそれて森の中へ入って行くことも不安だったけど、ふたりは進むことにした。
念のため、ポルコにもう一度土をこすりつけておいてから、キラが言った。

ポルコ、ごめんね。わたしたち、森の中に行かなくちゃならないの。夕暮れまでには戻ってくるから、ここにいてね。

万が一のときにポルコが走って逃げれるように、手綱とハーネスを外した。
ポルコはキラの言ったことをわかったのか、キラの身体に首をこすりつけて、それから地面の草をのんびりと食みはじめた。

ふたりはナタとナイフとモリを一つづつ、それから火箱と雨合羽といくらかの食べ物とロープ、あとあめしらずの入った木箱を小さいほうのバックパックに詰め替えて、あとの荷物は荷車に置いていくことにした。




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