キラとニクラの大冒険 (10)
- カテゴリ:自作小説
- 2023/09/25 03:14:33
キラもニクラも知る由のないことだけど、そのころ町は大騒ぎだった。
キラの両親、とくに母親は恥ずかしさでいっぱいだった。
彼女は朝、キラが家にいないことを知って、すぐにキラが自分の意思で家出をしたと、勘付いていた。
しかし、自分たちの娘が家出をする不良娘だと思われたくなかったし、思いたくなかった。
そして、母親は自分を裏切ったキラに怒りを感じていた。
だから、必死でなんらかの事故か事件に娘が巻き込まれてしまった悲しい母親を演じた。
町の人たちは、みんな打ちひしがれた美しい母親に同情した。
彼女は警察や消防、教育委員会や議会にまで、キラの捜索依頼を出した。
キラが行方不明になった噂はすぐに町中に広がり、町中はもちろん、森の中やニクラの家にまで捜索がおよんだ。
ニクラの家に警官たちが行くと、叔父は酒臭い息をはきながら、あのガキなんぞとっくにいない。と言った。
警官たちが詳しい事情を聞くと、ニクラは3週間前に家を出て行ったきり、行方不明だ。とのことだった。
叔父は、自分がニクラをひどく殴ったことと、船工場の親方が来たことは話さなかった。
子供を虐待した罪で牢屋に入れられることを恐れたし、親方のことも怯え切っていたからだ。
警官たちから話を聞いた母親は、きっとあの子(ニクラのこと)がキラをそそのかしてどこかへ連れ去ったのだ。と決めつけた。
全てをニクラのせいにしてしまえば、自分たちの家族の名誉に傷がつかないと思っていた。
警官たちは湖にも捜索に来ていた。
しかし、それはすでにキラとニクラが出発した後だった。
警官たちは船工場に、最近2人の子供たちを見なかったか?と、聞きに行ったが、親方や職人たちは、最近ニクラは見ないし、キラという女の子なんて知らない。と、すっとぼけた。
警官たちは、ボロ小屋の老人に話を聞いても意味が無いと思ったけど、一応訪ねてみた。
警官たちはノックをしたけど、応答がないので、小屋の戸に鍵はかかっていないのがわかり中へ入ってみた。セイゲンさんは裏庭の花の手入れをしていた。警官たちは子供たちを知らないかと聞いたけど、セイゲンさんはあっさりと、
うにゃ、しらね。
と、答えただけだった。
裏庭や家の中の様子を一通り見てから、警官たちは去って行った。裏庭の厩舎から馬と馬車がなくなっていることなんて誰も気がつかなかった。
町の人たちも警察も、まさかキラのような優秀な子供が危険な海へ冒険に行くなど思いもしなかったから、海へと続く森は捜索しなかった。
キラとニクラは海へ向かう森の中を馬車に乗って進んでいた。
出発して1時間ほど経っていた。
昨日の夜、セイゲンさんの家に走って行った時のワクワクはもう無くなっていた。
それよりも、実際に冒険に出た緊張と不安のほうが大きくなって、ふたりはいつもみたいにおしゃべりすることもなく、ぎこちなく馬車に乗っていた。
ニクラは考えていた。
もし、海の中で本当に7つの頭を持つ巨大蛇に襲われたら、キラを守れるだろうか。
ニクラにとって自分が死んでしまうことよりも、キラが危険にさらされることのほうが、ずっと怖かった。
そんなことを考えていると、キラが唐突に言った。
わたしね、全然後悔してないの。
家を出たことも、お父様とお母様に嘘をついたことも。
今、海へ向かっていることも。
それは、12歳の女の子よりずっと大人びた口調だった。
キラはまっすぐ前を見ていた。
そんなキラを見て、ニクラは少し肩の力を抜いた。
ニクラはキラを守るつもりでいる。だけど、キラは守られるだけの弱い女の子じゃない。と、わかったからだった。
ふたりを乗せた馬車は普段セイゲンさんが干し草を運んだり、どこかへ出かけるときに使うもので、荷台には干し草が積んである。
ニクラもキラも干し草に寝転ぶのが大好きだから、片方が手綱を持って、もう一人は寝転ぶことにした。
寝転んでゆっくりと動く空を見ながら干し草の匂いをかいでいると、少しづつ緊張と不安がやわらいでいった。
やがて、手綱を持っていなくても、ポルコは勝手に海へ向かって進むことがわかった。きっとセイゲンさんがちゃんとポルコに話しておいてくれたのだ。
ふたりは手綱を持つのをやめて、干し草に寝転がった。
いつのまにかすっかりリラックスして、キラは笑った。
ニクラもキラを見て笑った。
お昼になって、ふたりは馬車の上でセイゲンさんが持たせてくれた食べ物から、ベーコンとパンとチーズを取り出した。
ベーコンのかたまりをナイフで薄く何枚か削いで、パンにチーズと一緒にはさんで食べた。
やっぱりセイゲンさんの作ったパンもベーコンもすこぶる美味しくて、ふたりともぺろりと平らげた。
気がつくと、どしゃぶりの雨が降っていた。
ふたりともサンドイッチを食べた後、干し草に寝転んで寝てしまっていたのだ。
緑が濃く茂った巨大な木の下で馬車は止まっていた。
雨宿りのためにポルコがここで止まってくれていたようだ。
ニクラは馬車から降りて前に回り、ポルコの手綱やハーネスを外してやった。キラも手伝った。
ポルコは地面にうねうねと這っている太い根っこにびっしりと生えている青々とした苔を食んだ。
ニクラはそれを見て、自分もその苔をつまんで食べてみた。
キラはびっくりして言った。
ニクラ、それ苔よ!
うん、わかってるさ。でも、ポルコが美味しそうに食べてるし、見てごらん。こんなにきれいな色なんだよ!
ポルコは毒の無いものしか食べないから、大丈夫だよ。
そう言いながら、ニクラは苔を口にいれた。
もぐもぐとかんでみて、言った。
うん、美味しい!
少ししょっぱくて、でもなんだか甘いんだ。
キラは恐る恐る苔をほんの少しだけつまんで口に入れた。
うん、そうね!
わたしも好き。
食べてみると、ぜんぜんえぐみも無くて、いい香りがした。
ふたりはポルコが苔を食んでいる横で、苔をつまんでは食べた。
すると、キラが言った。
ニクラ、何かあるわ!
ニクラはキラのそばへ行ってキラの指差す木の根っこの辺りを見ると、穴があった。
この辺りに住むイタチやハリネズミの巣だろうか。
ニクラは腹ばいになって中を覗き込んだ。
穴は暗くて深く、途中で折れ曲がっているため、そこから先は見えなかった。
しかし、よく耳をすますと、穴から誰かの話し声のような音が聞こえた。
キラ、なにか聞こえるよ。
キラはニクラと場所を代わると同じように腹ばいになって耳をすました。
キラは驚いた。
彼女の知っている言葉が聞こえたからだ。
キラの母親のおばあちゃん、つまりキラのひいおばあちゃんが話していた言葉だ。
キラのひいおばあちゃんは遠い北の異国の小さな村で生まれた。
その村では1000年も前から伝えられた精霊と共存する暮らしを続けていた。
だから、その村の言葉はもともと精霊たちの言葉を元にして作られた。言葉は人間同士だけがわかればよいのではなくて、精霊にも伝わらなければいけないと考えられていた。
その言葉は、鳴き声や吠え声、巻き舌ような特殊な音も使われていた。
ひいおばあちゃんはキラが8歳のときに亡くなったが、キラはひいおばあちゃんが大好きだった。
キラは幼い頃、いつも両親にひいおばあちゃんの家に行きたいとせがんだ。
ひいおばあちゃんの家に遊びにいくと、彼女はよくキラに村の言葉や物語、料理を教えてくれた。
キラは今でもその言葉を覚えていた。
へえ〜、本当に苔って食べれるのでしょうかね?
もしかしたら、食べられる苔もあるのかも知れませんね(^-^)
自分で書いておきながら、実際にあるのかは考えてませんでした。
なので、今、ちょっと調べたら、食べられる苔もあるみたいです〜(^▽^)
実際にあるのかはわからないけれど。