キラとニクラの大冒険 (8)
- カテゴリ:自作小説
- 2023/09/23 23:21:39
その日から、ニクラはもう叔父の家に戻らなかった。
職人のみんなもニクラがセイゲンさんの家に住んでることを誰も何も聞かないで、そのことが当然のようにふるまった。
ニクラは次の日、セイゲンさんの料理や庭の手入れ、家の修理など、いろんなことを手伝った。
それから、すばるを拾いに山へも行った。
工場の親方が荷車を貸してくれた。
朽ちて固くなったすばるはニクラの背丈よりも大きいので、運ぶのは大変だった。
2日に分けてふたつのすばるを運んだ。
ニクラはセイゲンさんに教わりながら、すばるからくりを毎日作った。
すばるからくり作りは、まずその幹を彫るところから始まる。
朽ちた幹は固くなっているため、子どもの力では本当に大変な作業だった。
手の平に豆が出来て、何度か潰れたが、セイゲンさんがニクラの手に合う船作り用の革手袋をこしらえてくれて、それからは作業がもっとはかどった。
すばるの幹を彫るときは、自分の好きな形に彫るのではなく、それぞれのすばるの木の持つくせに沿って彫り進めることが大切だった。
ひとつひとつのすばるでそのくせは違うので、それを見極めることが難しかったが、ニクラは徐々にそのコツを飲み込んだ。
木のくせにぴったりと合う角度でノミを入れられた時は大きな木片が塊で取れることもあった。
彫り進めていくと、幹の芯が出てくる。
そこからは、とりわけ慎重に芯を傷つけないように丁寧に彫る必要があった。
やがて、幹の芯がむき出しになれば、彫る作業を終える。
ひとつひとつのすばるはその芯の形が違っていた。
最初に彫ったすばるはイルカのような形になり、次に彫ったすばるは三日月のような形になった。
それぞれ、彫るのに1週間づつかかった。
イルカとツキと呼ぶことにした。
通常の船作りのように、イルカとツキにニスを塗るのは禁物だった。
彫り終えたら、次にやすりがけをしてなるべく芯以外の木片を取り除き、それから古くて柔らかくなったボロ布で丁寧に磨くことが大事な作業だった。
磨けば磨くほど、すばるの持つ力が引き出される。と、セイゲンさんが教えてくれた。
すばるの持つ力は、空気の膜を作ることと、もうひとつあった。
海に入れると少しづつ「動き」を取り戻し、そして、いずれは自ら泳ぎ始めるのだ。
そして、磨くことでその人間に慣れるという。
慣れれば慣れるほど、すばるはその動きを取り戻し、人間や他の生き物たちの意識を読み取るまでになるという。
本当は、ひとつはキラが磨くのが一番良いのだが、きっとキラならすぐにすばるが慣れてくれるだろう。と、セイゲンさんが言った。
そのためにも、ニクラはたくさんイルカとツキを磨かなくてはならなかった。
ずっと遠い昔、すばるはもともと海に住む生き物だった。
自由で気ままな生き物で、闘うということを知らなかったために次々と他の肉食生物や魔物たちの餌食となって、その数を減らした。絶滅に追い込まれそうになったすばるたちは、その姿を変えて地上で生きることを選んだ。
生き残ったすばるたちは、急速に他の種へと変化していった。
あるものたちは鳥へ、またあるものたちは竜へ、そして、あるものたちは木へなった。
しかし、鳥や竜へ進化したものたちは、まもなく滅びてしまい、山で木に進化したものたちだけが生き延びた。
すばるからくりを海へ戻すことは、すばるたちの古代の記憶を蘇らせることだった。
ニクラはあせっていた。
自分はもう家へ戻るつもりはなかったけど、きっとキラは家でつらい思いをして待っていると思ったからだった。
だから、ニクラは朝早くから夜遅くまで毎日休みなくイルカとツキを磨き続けた。
彫り終えてから7日後、すばるからくりはようやくニクラの満足がいくまでの出来栄えになった。
セイゲンさんはお世辞じゃなく言った。
これほど見事なすばるからくりは見たことねえ。
おみゃたいしたもんだゃ。
イルカとツキはつるりとピカピカに光っていた。
今にも動き出しそうな生命を感じられる力強く美しいしなやかさがあった。
ニクラはやっとすばるからくりを完成させて、ホッと安心した。
すると、がっくりと力尽きて倒れてしまった。
次の日、ニクラは夕方まで寝た。
彼には十分な休息が必要だった。
夕方、目が覚めると、セイゲンさんがたくさんの料理を用意して待っていてくれた。
職人たちもたくさん来ていて料理を手伝ってくれたようだった。
職人たちは料理をどんどん運びながら、起きてきたニクラに次々と声をかけて、労をねぎらってくれた。
おい!ニクラ!おまえ、やったな!!
ニクラ、うまいもんがたくさんあるぞ!!食え!
ニクラ、すごいもんを作ったな!今度はおれたちの分も作れ!!
彼らはみんな荒々しくニクラの背中をバンバン叩いたり、アタマをぐしゃぐしゃにしたりしながら、みんな嬉しそうだった。
ニクラもとても嬉しくて、その都度、ありがとう!と礼を言った。
夕食はみんなで裏庭で食べた。
裏庭の大きなテーブルには所狭しと料理が並んだ。
どでかい豚肉のハチミツ付け、バリ(この湖で取れる太っちょの魚)の焼いたもの、ケチャ(この地方の紫芋)のマッシュポテト、60cmもある巨大なアスパラガスのゆでたもの、チーズとトマトのサラダ、プカ(飛べない鳥)の丸焼き、この地方の特産のベーコン、30個の目玉焼き、それから、パンにワイン、アイスクリームまであった。
ニクラは生まれてはじめて、ワインを一杯だけ飲んだ。
それから、もう食べれないというほどたくさんの料理を食べた。
もちろん、職人たちも腹一杯食べて、あれだけたくさんあった料理をすべて平らげた。
みんなが酔っ払ってゲラゲラ笑っている横で、ニクラはまた眠ってしまっていた。
気がつくともう朝で、裏庭のテーブルではなく、自分のベッドで目が覚めた。
ニクラの身体は昨日の夕食のエネルギーをもう十分に吸収していたのだ。
裏庭へ行くと、セイゲンさんが窯でパンを焼いていた。
ニクラは、セイゲンさんに、おはよう!と、声をかけて、朝食の準備を手伝った。
ふたりで朝食を食べながら、ニクラはあと何を準備すればよいか聞いた。
もう準備できたゃ。あとは出発するだけだゃ。
朝食を食べ終えると、セイゲンさんはニクラに用意してくれた荷物を見せた。
ゼッコという山羊に似た動物の皮をなめして、特別な塗料で防水された子供用の潜水服が2着。
鍛錬され、鋭く磨き上げられた金属のモリがふたつ。
火を付けるための火箱がひとつ。
みんなニクラがすばるからくりを作ってる間にセイゲンさんと職人たちが作ってくれたものだった。
バックパックにはパンやベーコン、卵、魚の干物、薬、それとニクラの着替えまで入っていた。
ニクラは驚いて、なんでぼくの服があるの?と、セイゲンさんに聞いた。
工場の親方がニクラの家に行って取ってきてくれたのだった。
それから、これは、ニクラも知らないことだけど、親方がニクラの家に服を取りに行ったとき、ニクラの叔父は家にいた。
親方はニクラの叔父に、これから先、二度とニクラに近づかないこと、町でニクラを見かけたら自分からその場を離れることを約束させた。
親方はもちろん殴ったりなんかせずに、落ち着いて話をしただけだった。
しかし、親方の静かな迫力に叔父はすっかり怯え切っていた。
これで海へ行く用意は全て出来た。
そうですね。
セイゲンさんは、本当にニクラとキラの父親であり、師匠であり、おじいちゃんのような存在なんです。
はい、すばるのような生き物はきっと地球上だけではなく、宇宙にもいそうだな〜って勝手に思いを巡らせています(^-^)
すばるからくりの進化が面白いです。実際、危機管理で進化してる生物って多いですもんね。