キラとニクラの大冒険 (7)
- カテゴリ:自作小説
- 2023/09/23 23:20:25
セイゲンさんの家からの帰り道、キラはニクラに言った。
わたし、家に帰ったら、きっとお母様に怒られるわ。そしてもう、森に行くこともニクラと会うことも禁じられると思うの。
もしそれでも、ニクラに会ったり、お母様に反抗し続けたら、お母様はどんなことをするか、わからない。
きっと私が本当に二度とニクラに会えないように何かするわ。
だから、わたしは冒険に行くまで、お母様の言うとおりにしようと思うの。
そしてふたりはいくつかの決まりごとを作った。
海へ冒険へ行く十分な準備ができるまで、会わないこと。
すばるからくりはニクラがひとりでセイゲンさんの家で作ること。
連絡方法はニクラが夜、ベランダに飛行機を投げること。
だった。
キラはニクラからのはじめての手紙が嬉しくて、わくわくしながら開いた。
そこには、キラが自分で準備しなくてはならないことが書かれていた。
キラへ、
元気かい?
着替え、帽子、雨合羽、食べ物、薬、をゆっくりでいいから準備してほしいんだ。
キラの自分のぶんだけでいいよ。
普通の旅行に行く用意でいいんだ。
それをバックパックに詰めておいてほしい。
それから、ひとつだけ大事なものがあるんだ。
あめしらずを捕まえて、飼っておいてほしいんだ。
これはキラが自分で捕まえないといけないんだ。あめしらずを捕まえるときは、手袋をして優しく布の袋に入れればいいよ。
餌はいちにち一回、木の葉か虫をあげてれば大丈夫。
ときどき、きりふきで身体を濡らしてあげて。
他に必要なものはぼくが用意するし、セイゲンさんも貸してくれるって言ってるから、大丈夫。
すばるからくりは少しづつできてきたよ。
あと、2週間もあれば、出発できると思う。
また手紙を書くよ。
元気で。
ニクラ
短い手紙だったけど、キラは嬉しかった。
この1週間、ずっと好きでもない他の国で生きているような気持ちだった。それに、合わせ続けることにとても疲れていた。
ニクラはもう2週間かかると言ってるけど、本当はもっと早くに出発したかった。
でも、すばるからくりをふたつ作るのはきっと簡単では無いのだろうし、キラ自身の用意もすぐには出来ないものだった。
キラは自分の部屋で食べ物を食べることは許されていなかったから、食べ物を台所から少しづつ盗まなくてはいけないし、薬だって用意しなければいけない。
幸い、服や帽子、雨合羽やバックパックは部屋のクローゼットにあった。
慎重にやらなければ、両親にばれてしまう恐れがあった。
そして、あめしらずも捕まえなければいけない。
なぜ、あめしらずを飼わなければいけないのか、わからないけど、とにかく用意しなくちゃ。と、キラは思った。
あめしらずは、この地方にしかいない生き物であった。
湖に生息していて、たまに町の公園や家の庭でも見かけた。
大きさは大きめのカタツムリくらいで、体の色は半透明、目や口が無く、頭もしっぽも無いなめくじのようだった。
見るときによってその形は変わり、ときに丸いもちのようであったり、ときに雪の結晶のように美しい形のときもあった。
その様子が面白いので捕まえたがる子どももいたが、あめしらずは身を守るための微量の毒を身体から分泌するため、人に触れると触れた箇所がかぶれた。
主に植物の葉や茎を食べたが、まれに突然身体を素早く袋状に変幻させて、バッタやクモ、ときには小鳥やねずみも飲み込んでしまうことがあった。
キラはさっそく次の日に学校へ行く途中の公園であめしらずをハンカチでそっと捕まえて、袋のなかに木の葉も入れておいた。
家に帰ると、台所からチーズを削るためのカンナの木箱を持ってきて、そこであめしらずを飼うことにした。
ちょうど木箱の上にあいてる穴が空気穴になると思ったのだ。
セイゲンさんの家から帰っきた夜、ニクラは家に入った途端、待ち構えていた叔父にいきなり拳で顔を殴られた。
叔父はそのとき酒を飲んでいたが、昨日ほど泥酔してはいなかったので、思い切り殴られたニクラは吹っ飛んで、壁にぶつかった。
叔父は、手のケガも、手が吊るされていたことも、全てニクラの悪ふざけだと決めつけていた。
昨夜のことなど、なにひとつ覚えていなかった。
大人の男に力いっぱい顔を殴られたのに、ニクラの顔は口や鼻が切れて血が出ていたけれど、骨折はしていなかった。
ニクラは長年叔父に殴られてきて、本能的に防御する術を身につけていたのだ。
拳が当たる瞬間に、とっさに力を抜いて、身体を柔らかくし、顔を逆向きに反転させ、自分から後ろに吹っ飛ぶのだ。
そうすると、一見派手に殴られて吹っ飛んだように見えるけれど、その衝撃は半減されて、口や鼻が切れる程度の外傷ですんだ。
そして、叔父もニクラが派手に吹っ飛ぶことで、満足を覚えていた。
しかし、その日の叔父はいつも以上に怒り狂い、目を赤く充血させ常軌を逸していた。
口のはしから泡をふきながら、さらに床に倒れている ニクラを腹を蹴ろうとした。
思い切り力を込めた蹴り方だった。
ニクラはとっさに身をひるがえして、その蹴りをかわした。
ものすごい音がして、叔父の足は壁を蹴破り、足が一瞬抜けなくなった。
その隙をついて、ニクラは叔父のもう片方の足首を両手で掴み、思い切り抱え上げた。
叔父の気違いじみた狂気を感じて怖くて、必死だった。
叔父はひっくり返り、床で腰を打ち、壁で頭を強く打ちつけた。
叔父は獣のような咆哮を上げた。
ニクラはすぐに家から出て、逃げ去った。
本当は、家にある自分の持ち物を冒険のために準備したかったのだが、それどころではなかった。
ニクラは恐怖を振り払うようにとにかく必死で走った。
走りながら、涙があふれ出た。
いつの間にか、湖のほとりにいた。何も考えずに夢中で走ってきたのだが、いつも通い慣れた道を無意識に走ってきたようだ。
セイゲンさんの家の窓からオレンジ色の明かりがもれていた。
まだ海中時計の修理をしているのだろう。
ニクラはセイゲンさんの家の前でしばらく迷ってから、涙を拭いてドアをノックした。
がたごとと音がして、誰だゃ。と言いながら、セイゲンさんがドアを開けた。
セイゲンさんは、ニクラの血だらけの顔を見ると、入れゃ。と言って、家に入れた。
ニクラは何を言えばいいのかわからずに戸口でうつむいて突っ立っていた。
恥ずかしかったし、セイゲンさんに迷惑をかけていると思った。
セイゲンさんは何も言わずに奥の部屋へ行った。
しばらくするとセイゲンさんが大きなお皿を持って、戻ってきた。
お昼に食べたシチューを温め直してくれたのだ。
突っ立っているニクラに、食えゃ。と言って、テーブルに皿を置いた。
ニクラは椅子に腰かけて、小さな震える声で、ありがとう。と言って、シチューを食べた。
シチューを口に入れた途端、涙が出た。
抑えられなかった。
セイゲンさんが言った。
おみゃ、もう家に戻るなゃ。
セイゲンさんはニクラが家で叔父に殴られていることを知っていた。工場の職人たちもニクラが顔にあざを作ってることがあったので、ニクラが家で叔父に殴られていることを勘付いていた。
職人たちは、いつもニクラを気にかけて、何かあったのか?と心配した。
でも、ニクラは今まで誰にも叔父に殴られていることを話さなかった。
セイゲンさんにも、キラにも話したことは無かった。
ニクラははじめて人の前で声を出して泣いた。
あたたかいシチューはニクラを安心させた。
はい、そうですね。
セイゲンさんはこの物語でとても重要な役割の一人なんです。
好きなキャラクターです(^-^)
セイゲンさんの言う通り、この状況だともう家に帰ったらダメですね。