キラとニクラの大冒険 (5)
- カテゴリ:自作小説
- 2023/09/22 07:45:33
ふたりは小屋の入り口の部屋へ行ってみると、セイゲンさんは椅子に座って机にうずくまるように何かをしていた。
机の上のランプには火が灯してあり、薄暗かった部屋の中は柔らかくオレンジ色に明るくなっていた。見ると、セイゲンさんは大きな望遠鏡のような眼鏡をかけて、小さな部品をピンセットでつまんで海中時計を修理していた。
セイゲンさん、ごちそうさま!
とっても美味しかったよ!
ニクラが言うと、キラも言った。
セイゲンさん、ごちそうさまでした!わたし、あんなに美味しいシチュー食べたことないわ!
ありがとう!
セイゲンさんは、時計から顔を上げないままで言った。
いつでも、食べにおいでゃ。
キラはセイゲンさんが答えてくれたので、ホッとした。
うん、必ずまた来るわ!
今度はわたしも手伝わせて!
あんなに美味しいシチュー、作り方をおぼえたい!
キラが言うと、セイゲンさんはまた顔を上げないままで言った。
げんきなこだゃ。またおいでゃ。
キラは嬉しくなって言った。
セイゲンさんって、すごい!
だって、お料理もとても上手だし、あんなに素敵なお庭だって作っちゃうんだもの!
今度はニクラが言った。
そうさ!だってセイゲンさんは大料理長だったし、一流の船職人だったんだもの!
セイゲンさんに作れないものなんか何もないさ!
そういえば、セイゲンさん!ぼく、セイゲンさんが海の船乗りだったときのことを聞きたいんだ。
セイゲンさんは、すばるからくりって知ってる?
セイゲンさんはまだ顔を上げないで、作業しながら答えた。
知ってるぞぃ。あれは50年も前におりゃのともだちが作ったもんだゃ。
ニクラは続けた。
やっぱりセイゲンさんなら知ってると思った!
すばるからくりってどんなものなの?
セイゲンは言った。
そうだなゃ、あれは、すばるって木で作った潜水艇みたいなもんだゃ。
ニクラは、うん、とうなずいて、キラも黙って聞いていた。
セイゲンさんは、口をもぐもぐさせて、それから、鼻をひくひく動かした。
それから時計をいじる手を止めて、やっと顔を上げて望遠鏡みたいな眼鏡を外した。
しわにうもれて小さくなった目は、ふたりを見たが、ほんとうに見えているのかわからなかった。
セイゲンさんは、にまっ、と口をあけて笑った。
前歯が一本しか無かった。
そりゃは(そいつは)おりゃよりずっと若い職人でな、腕のいいやつだったゃ。
昔起きた海の事故のことゃ知りたがってゃ、すばるで潜水艇作ったんだゃ。
すばるは空気出すんだゃ。
その空気が海んなかでまあるくなるんだゃ。
だがら潜れるんだゃ。
なんだ、おみゃ(おまえ)、海に行くのかゃ。
ニクラは素直に答えた。
うん、ぼく、海に宝物を取りに行きたいんだ。
セイゲンさん、すばるからくりの作り方を教えてくれますか?
セイゲンさんは、また口をもぐもぐさせて、鼻をひくひく動かした。
ずなもし、おみゃ死ぬぞぃ。
ニクラは言った。
大丈夫さ、ぼくは死なないよ!
それにぼくは宝物を手にいれて自由になりたいんだ。
ニクラは本当は少し怖くなってきていたけど、でもやっぱり、冒険に出かけたかった。
生まれてはじめて自分の行き先に希望を持てたからだった。
今のニクラには、その希望がなによりも大切だった。
すると今度はキラも言った。
わたしも行く!
わたしも海に行くわ。
だから、セイゲンさん、すばるからくりの作り方を教えてください!
ニクラは驚いた。キラも本を読んで興味を持っていたのはわかってたけど、本当に行くと言うなんて思っていなかったのだ。
ニクラは自分一人で行くつもりだった。自分ひとりならたとえ死んだって悲しむ家族などいないからだ。
ニクラはキラに言った。
キラはダメだよ。とっても危ない冒険なんだ。女の子を連れてなんていけないよ。ぼくひとりで行くよ。
キラはニクラの目をまっすぐに見て言った。
そんなことない!わたしだって死なない。ニクラみたいにいろんなことを知らないけど、でもわたしだってなにかの役に立つわ。
邪魔になんかならない。約束する。だから、わたしも行く!
でもニクラはキラを危険な目に合わせたくなかった。
キラが邪魔だなんて思ってないよ。
でも、本で読んだだろ。昔、男たちが大勢、海で死んだんだ。本当に危険だし、ぼくだって死ぬかも知れないんだ。
だから、キラを連れて行けないよ。
すると、キラは目に涙をいっぱいにためて、ニクラをにらんだ。
さっき死なないって言ったじゃない。
なによ、女だっていいわ。。
私だって自由になりたい!あの家に戻りたくない!わたしも行く!
それにわたしがいなかったらきっとニクラは死ぬわ!だって、ニクラったら、バカなチンピラなんですから!!
すると黙ってふたりの様子を見ていたセイゲンさんが突然大声で笑った。
ひゃーひゃっひゃっひゃ!!
そのとおりだゃ!!
おみゃ、バカなチンピラだゃ!!
キラもニクラも驚いてセイゲンさんを見た。
セイゲンさんはおかしくてたまらないといった様子で、まだ笑いながら、ニクラに言った。
わかったゃ。
おみゃひとりで行くなら教えんつもりだったゃ。もし、この子もつれてくなら、教えてやるゃ。
ニクラは戸惑って、言った。
セイゲンさん!キラは学校に通う普通の女の子なんだ。家族だっている。キラを危ない海に連れて行くなんて出来ないよ!
セイゲンさんは笑いながら言った。
そりゃ、おみゃもおんなじだ。
おみゃも子どもだ。
ニクラは言った。
そうだけど。。
キラが嬉しそうに、言った。
セイゲンさんにはわかってるのよ!ニクラひとりじゃ危ないってこと!わたしが一緒のほうがいいってこと!ふたりだったら大丈夫だって!
セイゲンさんは笑ってうなずいた。
うにゃ、その通りだゃ。
キラはさっきまで泣いてたくせに顔を輝かせて誇らしげに言った。
ほらね!!
ニクラの尊敬するセイゲンさんがこう言ってるわ!!
わたしの言った通りだって!!
ニクラは少し考えてから、笑って言った。
わかった。キラがそんなに行きたいなら、一緒に行こう。
キラは嬉しくってニクラに抱きついた。
ニクラはキラに抱きつかれたので、照れて顔が赤くなってしまった。
それを見て、セイゲンさんはまた笑った。
それから、セイゲンさんはすばるからくりについて教えてくれた。
すばるという木はこの町の森の奥にある山に生えているらしい。
すばるは普通の木の何百万倍もの濃い酸素を大量に出す木だ。
すばるを海中に入れると、ぶっくりとした分厚い気泡がすばるの周りにできて、とても強い空気の膜を作る。すばるからくりはその特性を利用したものだった。
セイゲンさんは言った。
山にゃ行ってゃ、すばるを持ってこいゃ。
生えてるやわこいすばるだなくてゃ、地面に倒れて朽ち固くなってるやつだゃ。
作り方教えてやっからなゃ。
ふたりは夕方になるとセイゲンさんに礼を言って、家に帰った。ふたりとも帰りたくはなかったけれど、今すぐは冒険に行けなかった。
まず山へ行ってすばるを調達しなくてはいけないし、他にもいろんな準備が必要だった。