海の見える町 (4)
- カテゴリ:自作小説
- 2023/09/06 09:08:34
心のどこかでまた彼女に会えることを期待しながら、次の日の朝もまた朝食前に浜辺へ行った。
誰もいなかったので、少し落胆しながら浜辺を散歩した。
その次の日もまた早朝に浜辺に行った。
なんだか彼女がいた浜辺と、彼女がいない今の浜辺では色彩が違うように感じる。なんてことを思っていると、背後で声がした。
昨日も来てた?
これが彼女の挨拶の仕方だった。
おはよう。でも、また会ったね。でもなく、唐突に話しかけるのだ。
おれは振り向いて、うん、来てた。と答えた。
昨日は私じゃなくて、お姉ちゃんのだんなさんがこの子の散歩をしたのよ。お義兄さんが散歩するときは浜辺には来ないの。
辺りの色彩はやっぱり急速にその鮮やかさを増していた。
二人でしばらく浜辺を歩いた。
はつみは犬の名前を教えてくれた。
白米が好きで、いくらでも食べることと、毛並みが白いから、ごはん、という変わった名前だった。近所のお宅からもらわれてきて、まだ赤ちゃんだったころにはつみが名付けたらしい。
ごはんは浜辺のずっと向こうまで全力で点になるまで走って行き、また全力で戻ってくると、二人の周りの砂浜を検分するように鼻を地面に近づけながらうろうろしたりしてた。
あの子はね、話しができるの。
私やお姉ちゃんたちが話しかけるとじっと目を見て話を聞くの。
それから、私たちが話していることを聞いてることもあるし、私たちに話しかけてくることもあるのよ。
ごはんを眺めながらはつみが言った。
去年の秋、お姉ちゃん夫婦に、赤ちゃんが産まれたの。結婚5年目でようやく出来た赤ちゃんにお姉ちゃんたちはとても喜んだわ。でも、赤ちゃんは未熟児で、私も産まれたその日に病院で見た時は、あまりに小さくてショックだったわ。正直、この子はすぐに死んじゃう、って思ったもの。
話の方向がどこへ向かっているのかわからなかったので、おれは黙って話を聞いていた。
身体も、心臓とか肺とかの内臓も小さすぎて、命に危険があるからって小さな身体にいろいろな管をたくさんつけられて、普通の赤ちゃんよりもずっと長く入院してたわ。
見ていると今にも命が消えてしまいそうな感じがして、とても切なかったわ。
でも、三ヶ月が過ぎたころに、まだ人並みではないけどなんとか緊急な命の危険が無い程度にやっと身体が大きくなってきて、退院できたの。それで、赤ちゃんは初めてお姉ちゃんの家で暮らせるようになったわ。
退院して一月くらい経ったある日ね、お義兄さんは仕事に行ってて家にはお姉ちゃんと赤ちゃんの二人だけだったの。もちろんごはんもいたわ。その頃になると赤ちゃんはおっぱいもよく飲むようになったし、身体もまた少し大きくなったから、お姉ちゃんたちも少し安心しはじめていたの。
普段おとなしい犬だから、驚いて見ると、ごはんが近づいてきてお姉ちゃんのズボンを噛んで引っ張るの。お姉ちゃんをぐいぐい居間のほうへ引っ張るの。
お姉ちゃんはピンときて、慌てて居間へ行ったわ。赤ちゃんは泣きもせずに寝てるんだけど呼吸をしてなかったのよ。
お姉ちゃんは大急ぎで車をすっ飛ばして赤ちゃんを病院に連れて行ったわ。
赤ちゃんは病院に着く頃には顔や手足が紫色になってチアノーゼ症状が出ていたみたい。
やっぱり赤ちゃんは少し特異体質で、てんかんのような産まれつきの病気があったのね。
それは、入院していたとき、たくさんの検査をしたけど、それでもとてもわかりにくい病気みたい。
お医者さんの懸命の処置で何とか一命は取り留めたわ。
呼吸停止による後遺症も無くて、今はずいぶん元気よ。
後からお姉ちゃんから聞いたんだけど、今落ち着いて思うと、あの時のごはんはもう人間とおんなじだったって。
聞こえていたごはんの声はもちろん「わんわん!」だったけど、「おい!!赤ちゃんが大変だ!!」って言ってるって、お姉ちゃんにははっきりわかったし、それは人に言われた感じと本当におんなじだったって。
不思議なのはごはんがなぜ赤ちゃんの様子がおかしいことに気がついたかなの。
赤ちゃんの寝ていたベビーベッドは少し高めのものなのね。お姉ちゃんは骨盤が小さくて出産のときに少し腰を痛めてしまったの。それで、かがむのがつらいから、外国製の背の高いベビーベッドを使ってたのよ。あの高さだと、ごはんが後ろ足で立ち上がったとしても赤ちゃんの顔をはっきり確認することは出来ないと思うの。もし見えても寝てる赤ちゃんの耳と後頭部くらいだわ。もちろん触ることなんて不可能なの。
それなのになぜごはんは赤ちゃんの様子がおかしい、緊急事態だって気がついたのかしら?
私、たまにあの子は私たちを守っているように感じるの。
まるで家族を守る兵士みたいに。
最近、赤ちゃんはよくごはんと遊んでるわ。
こうくんって言うんだけどね。
あの二人はとても仲が良いの。いつも一緒に遊んだり、おしゃべりもしてるわ。
こうくんが、だーだーだーっ、って言うと、ごはんが、わんわん、って応えるの。そうすると赤ちゃんは嬉しいみたいで、きゃっきゃっきゃ、って笑うわ。
こうくんはハイハイを覚えてきたの。10ヶ月になったから、ずいぶん身体がしっかりしてきたわ。
まだ他の赤ちゃんよりは小さいけどね。
それで、ごはんが歩くとこうくんがそのあとを一生懸命ハイハイでついていくのよ。ごはんはこうくんが追いつけないとちょっと待ってあげたりするの。その眼差しが我が子を見守るお父さんみたいで、私、ちょっと感動したわ。
ごはんはまた遠くのほうへ走って行き、波打ち際で遊んでいた。
おれたちが話しながら近づいていくと、ごはんは急に、きゃんっ!と情けない声を出して背中を丸めて飛び跳ねた。鼻っ面にカニがぶら下がっているのが見えた。波打ち際にいたカニに興味を持って鼻を近づけたらしい。
おれたちが走り寄っていくと、ごはんは照れたような困ったような顔でおれたちを見た。
カニのハサミが片方もげてしまったようで、まだ鼻にぶら下がっているので取ってやった。
ごはんは恥ずかしいのか、なにも無かったような顔をしておれたちの少し前を歩いていたけど、波打ち際には近づかないようにしているのを見て、はつみもおれも笑ってた。
おれははつみに恋をした。唐突にそう思った。
haticoさんの猫ちゃんの思い出にちょっとじーんと来てしまった。。
そうかぁ。。
その猫ちゃんは本当に、haticoさんご家族と一緒に人生を歩んで、とても幸せだったのでしょうね。
haticoさんの生き物への敬意と愛情を感じられます。。
はい、そうかも知れません。
目に見えないところを大切にしていると思います。
ありがとうございます!
20年近く一緒に居たら、鳴き声の違いでわかりますよね
最後は力を振り絞って私の傍へ挨拶にきてくれました
娘が赤ちゃんのときは泣きやまないとぬいぐるみを咥えて持ってきたんですよ
小人の話に、猫が話す話に、、私は完全にちょっと変な人ですね笑
でも、ケニーさんの物語には、目には見えない何かを大切にしている
部分があって、そこに惹かれてしまいます
そうですね。
ごはんはもう家族です(^-^)
はい、おれも同感です。
彼らの恋がこれからどうなるか、楽しみなのですが、実は、たぶん、次回くらいで一旦ストップしているんです。
なので、この小説も、まだ続くのですが、ずっと前に書いた途中のままなんです〜。
恋しちゃったんですね〜はつみちゃんとの今後の展開がどうなるか、楽しみながら読ませて頂きます♬