うまくできるといいのですが、今ヅケというインタレスティングな日本の調理法に挑戦していたんです。
ぜひ食べていただこうと思いまして。あと、朝食はできてますので、今準備しますね。

主人はそう言ってキッチンへ引っ込むと、朝食を運んできてくれた。彼も一緒に食べるのかな、と思ったが、またすぐにキッチンへ引っ込んで昼の仕込みの続きを再開したようだった。
きちんと洗濯されて真っ白なテーブルクロスが気持ち良さそうにかけられたテーブルの上には、トーストされた大ぶりなライ麦パン、太陽みたいに黄色いオムレツとサラダ、木苺のジャムとバター、グレープフルーツジュースとポットに入ったコーヒーが用意されていた。
どれも丁寧に作られた料理で、特にライ麦パンは自分で焼いたらしく香ばしくてふくよかで、とても大きかったけれど、ぺろりと平らげてしまった。
食べ終えてコーヒーをゆっくり飲んでいると、主人がキッチンからでふきんで手を拭きながら出てきた。
にこにこしながら、どうでしたか?と、朝食の感想を聞かれた。どうやら主人にとって、客に食事の感想を聞くこともまた楽しみの一つであるらしかった。
率直に、理想的な朝食でした。とくにライ麦パンが豊かな味わいで大変美味しかった。堪能させてもらいました。と伝えると主人は破顔一笑して、お客さんは褒めるのがうまい！嬉しくなりますよ！と言った。
ランチの仕込みが終わったらしく、主人はそのままテーブルについてコーヒーをポットから自分のカップについだ。

さっき浜辺ではつみという女の子と犬に会いました。ご主人のお料理を褒めてましたよ。と、話すと、主人はまた嬉しそうに笑って、はつみちゃんはよくうちに来てくれるんですよ。彼女がまだこんな小さい時からの古い常連さんです。はつみちゃんがまだ小さいときはね、ご両親や伯父さん夫婦に連れられて来ていたんですよ。でもね、高校生のころはつみちゃんは初めてのアルバイトの初めてのお給料を一番最初にここで使ってくれたんです。初めてのお給料はここのディナーを食べる、って決めてたの。って言って、初めて一人でこの店に来たときは感動して泣いてしまいましたよ。ああ、今までこのベッド&ブレックファーストをやってきてよかったなあ、って、全て報われたような気がしました。
主人は話しながらも思い出して涙目になって、鼻をすすっていた。

いや、私は一度結婚しましたが、家内に死なれましてね、家内が生きてた時はよく二人であんな子供が欲しいねえ、なんて話していたもんです。
結局、子供が出来ないまま死んでしまいましたが、はつみちゃんを見てると何だか自分の子供みたいに思えてねえ。いや、もちろん人様のお子さんをそんなふうに見たら失礼なんですけどね！
いやいや、申し訳ない！初対面のお客さんにこんな話をしちゃって。まったくどうかしてますな！今日は！

そう言って主人はまたでかい腹を揺らしながら、キッチンへ戻って行った。その日のお昼ごはんのハマチ丼はとても美味しくて2杯も食べた。もちろん、料金を払おうとしたけど、主人は、お昼ごはんをお客さんに出すのはまれだし、いつも新しい料理法を試すのでお客さんが実験台みたいなものなんですよ。と説明したあとに、私がお金払わなきゃいけないくらいですよ！と笑った。