小人のあてのない旅 (12)
- カテゴリ:自作小説
- 2023/08/28 08:59:41
ミルは窓ぎわにあるでっぱりに立て膝で座り、窓に手をついて流れていく外の景色を眺めてた。
その都度、「あ、牛。」だの、「きれいな川~~。」だの、「おーきーくもーー。」だの、「うみーーーー!!」だのと言って楽しんでる。
二人で列車に乗り「あてのない旅」に出たんだ。
「あてのない旅」ってなんだろう?
旅行ではなくて、旅だ。
旅行と旅は違う。
例えば、JTBやHISなどで、列車(もしくは飛行機)で現地まで行き、さらには泊まるホテルも決まっていて、豪華ディナー付きなんてのは、まさに「旅行」に属する。
(決して、そういった旅行を否定しているわけではなく、ただ違いを言っているだけだ。ホテル豪華ディナー付きパック旅行はそれはそれで楽しいが、ただ「旅行」と「旅」はものごとの属性がまるっきり違うということだ。)
それでは、旅とはなんだろう。
「旅」という言葉の中にすでに「あてのない」という意味あいが含まれているように思える。
「あてのない旅」というのは意味が重複しているのかもしれない。
旅というのは、目的が無いものじゃないだろうか。
事前に決めた(もしくは決められた)目的が無く、「何か」を探し求めてあてもなく行く、ということ。
もしくは、事前におおまかな筋は決めるかもしれないが、その都度の右か左に行くということをその場その場で決めていくということ。
事前に決めた大筋さえも、結果的には違ってくることもおおいにあり得るのだ。
旅行というのは、例えばオーストラリアのエアーズロックを観に行く、だとか、カンボジアへアンコールワットを観に行く、などの明確な目的がある。
旅というのはその明確な目的よりも、「何か」を探し求めるほうに重きを置き、そしてよりフレキシブルな決まりの無いものなのだと思う。
行程や計画などが不安定なために、旅行に比べるとよりトラブルと苦労が多いものだと言えるだろう。
整理すると、旅の定義とは、
1、ここではない「どこか」へ行き「何か」を探し求めること。
2、行き先、行程、期間などがある程度自由で臨機応変なこと。(もしくは無計画なこと)
3、全ての決定を自分(たち)ですること。
4、1~4人程度の少人数であること。
5、ほぼ必ずと言っていいほど、トラブルがあること。
といったところだろう。
そして、それゆえに生活や国籍などという皮膚を脱ぎ去ったむき出しの精神が直に世界に触れる特別な行為と言えるだろう。
それではおれとミルは何を求めて、この旅へ出たのだろう。
幸い、おれの職業は物書きであるから、別にどこへいようと、よほどの辺境へ行かない限りFaxかEmailで、日本の出版社に原稿を送ることはできるので仕事をすることに関しては困らない。旅先で書けるかどうかは別にして。
何を求めて、というのはおれにもミルにもやはりわからないことだ。
ひとつだけ言えることはきっかけがあった。
その日、いつもならおれのほうが早く目が覚めるのだが、同時にふたり一緒に目が覚めた。
半分まぶたが閉じた状態で、ふたりならんで歯を磨いて、顔を洗う。
今日の当番はおれなので、朝ごはんを作る。
(一応、1週間おきに朝ごはんの当番が変わるけど、ミルのほうが遅く起きてくることが多いので実際はほとんどおれが朝ごはんを作っている。)
目玉焼きとリコッタチーズとトマトのサラダ、パンとバターとあんずジャム、コーヒー。
もぐもぐと食べながら、ミルが「ぼく、空を飛ぶ夢を見たんだ。」と言った。
面白いことにおれもほとんど全く同じ夢を見ていた。
渡 り鳥のように高く高く空を飛び、どこか知らない街へ行き(おれは上空から見たその街をロンドンに似ていると言ったが、ミルはボストンに似てると言った。(どちらにせよ、古い街だ。)
そこで馬車に乗ったり、地元の子供たちが行くような小さな遊園地でフランクフルトにマスタードとケチャップをたっぷりとつけて ほうばった。
そして、夜になるとふたりで川岸を散歩する。
(その川の風景は以前ローレンスに会いに行くときに立ち寄ったパリのセーヌ川みたいだった、ということで二人の意見は一致した。)
そして、次の日の朝早くにまた別の場所へ飛んでいく。
そんな夢だった。
さく、これはきっと啓示だよ。ぼく一度、列車に乗ってあてのない旅をしてみたかったんだ! 行こうよ、さく、行こう!!
ミルははしゃいで言った。
ミルは言いながら、おれの返事も待たずにすでに自分専用の小さなバックパックに自分のパンツやらトレーナーやズボンをぎゅうぎゅうと押し込んでいた。
そんなことで二人は今、一番早くチケットの取れたリヒテンシュタイン行きの寝台鈍行列車に乗ってる。
リヒテンシュタインにつくのは明日の午前8時だ。
「ねえ、さく、ぼくたちさ、リヒテンシュタインへ行かないで、途中で降りたってかまわないんだよ、ねえ、わくわくするよ、さく!」
ふふふ、おれも同じ気持ちだった。
たばこに火をつけて、外を眺めると窓に手をついて景色に夢中になっているミルの目が窓に反射して見えた。
ミルの目には生きる力が輝き、きらきらしているのだ。
そう、リヒテンシュタイン行きの列車に乗ったからって、何もリヒテンシュタインまで乗らなくたっていいんだ。
もちろん、終点のリヒテンシュタインまで行ったっていい。
しかし、いつどこで、突然の思いつきで降りてしまったって問題はない。ってことだ。
それはなにも必ずしも駅ですらなくてもいいんだ。
走っている列車の窓から、気に入った景色の中に飛び降りたってかまやしないってことなんだ。
なぜならこの旅は ’完全に’ おれたちたりのものだからだ。
さて、と。
おれはまず食堂車から見物してみようか。
そうですね、大人になるとなかなかそうゆう機会がなくなっていくけど、個人的にはそれではイカン。と思っていて、大人とか子供とか関係なく、それは自分に大切なことだから、どんどんやりましょう。って思っています(^-^)
ま、お金のこととかあるから、おれも難しいのですが(涙)
そうですね〜。
そんな旅はいいですよね!
おれもまた行きたいです!
買いもの行った時は、思いつきで寄りたくなったお店にフラっと行ったりします。それだけでちょっとしたストレス発散になりますね^^
ふらりと、思いつくままに、風の吹くまま気の向くまま、、
時間のしばりが多くなって、、そんな気ままな旅 もう随分としてないなぁ、、うずうず、、、w