刻の流れー14
- カテゴリ:自作小説
- 2022/12/03 02:44:37
16歳になった要は、運転暦はすでに10年。問題なく中型2輪免許を取得した。免許を取った事で、要は原田の付き添いなしに一人で外に出る事が出来るようになった。
それまではトランスポータを原田に運転してもらってサーキットへ行っていたのだ。もちろん要は毎日でも行きたがったが、原田とて暇人ではない。都合の付く日は月に数えるほどしかなかった。が、これからは自分の時間さえ許せば、好きなだけひとりで走っていけるという事だ。おかげで、サーキットへ行く回数が飛躍的に増えたのは当然だし、雑誌で見つけた新しいロケーションに足を伸ばすこともあった。一人で行動できるという自由は要の行動範囲を格段に広くした。高速道路を使えばかなり遠くまで走っても店の入りの時間までに帰って来れるからだ。盗賊団の仕事のない時などは夜中から出かけて、朝帰りということもある。
バイクに乗っている時だけが、本当の自分だ。人馬一体とよく言うがその頃の要は正にその状態だった。水を得た魚。少年から青年へと生長し、自我を形成していく要の傍にしなやかな子馬の皮をかぶった狼のような250.がいつも寄り添っていた。
「お前をもっと速く走れるようにしてやる。」
自分と被せるように要の心血を注ぎ込んだリャンパン(250)はそれに常に応えてくれたのだ。
こうやって要と共に成長したような250であったが、もちろん別れの日が来る。
二年後、要は大型二輪免許、いわゆる限定解除の受験資格である18歳の誕生日を迎えた。
試験の日、試験場には要を含め十数人の男女が大型免許の受験に来ていた。要は8番目だ。口数がやたらと多いやつもいれば、無口なのもいる。中には今日が10回目だと自慢している奴までいる。要は試験は通って当たり前と思って来たのだが、周りの異常な緊張感に圧倒された。
前の連中が硬くなったままコースへ出ていく。急制動、スラローム。そのあたりは割合走りやすいようだが、最後の一本橋は緊張でがちがちに固まった身体には難関らしく何人もがそこで失格となった。それを見ている他のメンバーからため息が漏れる。帰ってきた男に「おしかったなあ あとちょっとだったのに。」と仲間が慰める。最初は平然としていた要も前のメンバーが続けさまに落第するとさすがに少し不安になってきた。
次は俺の番だ。
試験に合格するためには、試験官に対してのアピールとして普段の動作ではアクション不足で、何かにつけ大げさに見せなければならないと原田が言っていた。しかし、そういった普段と違う動作が要のスムーズなリズムを狂わせる。
「いつもどおりに走ればいいんだ。」
要は、首を横に振り、深呼吸をして走りだした。それと同時に要はバイクと一体になる。たちまちさっきまでの不安が吹っ飛んでいった。S字にクランク、意外と距離が短いので切り返しを素早くしなくてはならない。段差もオフロードをやっていた要は難なくやりこなし、遂に最後の魔の一本橋だ。
進入路でもう一回深呼吸をして一本橋の先を見据え乗り上がった。ハエの止まるようなアイドリングだけの速度で渡る。規定秒数を過ぎてもまだのろのろ走っていると試験管が、
「もういい、早く来い。合格だ。」
と言った。とたんに、他の受験者がお~っと囃し立てる。
「一発合格なんて・・・」
「いつもなら上手く出来ても試験官に2回は落とされるのに・・・」
若干妬み混じりの野次が飛んだが、試験管に睨まれて受験者達は押し黙った。
要は汗に濡れたヘルメットを脱いだ。意識はしていなかったがやはり緊張していたのだ。要は普段からあまり緊張しなければ、汗もかかない。そう訓練されてきたのだ。よく興津が盗みに入る緊張感が好きだと言う。要にはまだわからない感覚だったが、もしかしたら、これと同じような気持ちなのかもしれない。しっとりと湿った自分のヘルメットに目を落とし、要はそう思った。
「原田さん、おれ限定を取りましたよ!」
要は満面の笑みでガレージに飛び込んだ。
「ああ、顔に書いてあるな。」
原田も笑って要を迎えた。
要は早速ガレージの隅でバイク雑誌を開いて一心にページを繰り始めた。
何度も同じページを開けては、しきりに頷いているのを原田がニコニコしながら肩越しに眺めていた。
それから数日後要がガレージに降りて行くと原田が、隅にあるシートを顎でしゃくる。それは昨日までは、そこになかったシートだ。怪訝そうに振り向く要に、原田が
「おまえのだ。」
と意味ありげにニッと笑う。
「原田さん、あのシートヒョとして・・・」
駆け寄る要の背中越しに原田が
「ヒョッとするぞ~。」
と、声をかける。
シートを剥がして実物を見つけた要は
「イヤッホ~ッ CB750Fだ。」
最大出力68馬力のDOHC・4気筒・16バルブ、憧れの4気筒だ。要は大型免許を取る何ヶ月も前から、免許を取ったら絶対これが欲しいと思っていたのだ。原田が自分の気持ちをいつも解っていてくれるのが、驚きであり、嬉しくもあった。
「ありがとう、原田さん。」
「俺、本当に、これが欲しかったんだ・・・。」
「ああ、いいバイクだからな。」
原田はバイクに釘付けの要をニコニコしながら眺めていた。
要は舐め回すようにCBの細部にわたって点検しながら、ぶつぶつとなにやらつぶやいている。まだ一度も乗っていないうちから、もう何を取り変えようか考えているようだ。スタビライザーにオイルクーラー、マフラーにショックそれからキャブにエアフィルター、普通なら調子を見ながら一つ一つ変えていくものを一度にしようとしている。それが、原田には昔の自分を見ているようで懐かしいのだ。
要は何にも増して、バイクが好きだった。そして、原田と過ごせる毎日が楽しくて仕方が無かった。
希望に満ちた毎日がいつまでも続くと、そう信じていたのだ。