第3章 モラトリアム
- カテゴリ:自作小説
- 2022/11/10 20:59:59
東の彼女が死んだ(フィクション)
第3章 モラトリアム
(1章、2章の前日譚になります)
今 ある言葉をタイトルにして書こうとした
その言葉が出てこない
あれっ? モンタージュ? いや違う モンターギュ? いや違う
もう年を取るって イヤ!
あ 思い出した それに数分かかった
そのうちそれが数時間になったり 数日になったり 数年になったり
永遠になったり
いかん テーマが違ってきた
戻します
思い出した言葉は「モラトリアム」です
最近あまり聞きません
とはいえ唄の題名になったり 一部ではまだ生き残っています
でもやっぱり最近聞かない言葉です
あの頃に比べたら
最初に聞いたのは10代後半だったでしょうか
そしてそれを聞いた瞬間 僕は『あ 一生自分はこれなんだろうな』と
我が身を悟ったのです
〈猶予期間〉
大人になりたくなかった
さもなくば一挙に老人になりたかった
でも若いままもいやだった
どーせっちゅーの!
何も決めたくない 何も選びたくない
好きな事だけやりたい お説教も聞きたくない
その時所有していた免罪符の表に刻印されていた金文字
〈モラトリアム〉
人は色んな面で時間とともに成長する 或いは変わっていく
そんな暖かい眼差しを持った大人達に僕は恵まれた
20代に入り 後半になり 30代になり 後半になり
(以下 同じような記述がけっこう続く)
彼らは判断を誤った
誤った理由の一つに僕の社会性が認められたからだ
実はコミュ障ではない(はずの)僕は
何処に行っても与えられた課題を無難以上にこなし
プロジェクトはスムースに流れ
時には(複数の機会で)管理職への道を打診された
彼らは判断を誤った
だって 僕は免罪符を持ってるんだもの
光り輝く”モラトリアム”という金文字を
持ってるんだもの
〈猶予期間〉
自分自身で(誰の相談も受けず)決めたのは両親の葬儀の次第
(長男の唯一の存在意義)と
現在住んでいる住処と父の建てた旧家を(結果的に)金銭的に交換したこと
すべて申し分なく(多分得して)果たすことができた
それでまた僕はモラトリアムに戻れた
自分では何も決めない
決めたくない
人に ああせいこうせいとは 絶対に言いたくない
人に ああしてこうしてと 言われたら
完璧とは言えないまでも 御満足な結果をお渡しし
たとえば「いいお天気で助かりました」と無難な挨拶を発しつつ
すぐさま自分(だけ)の在処に帰り急ごうとしている両足を自制する
あれは大学3年の頃だったかな
交流していた高校の漫研の学園祭にお邪魔したときのことだった
(道内の大学、高校、個人、社会人単位の漫研や書店との連絡先を
学用品の”単語帳”に載っけていたらいつのまにか満杯になっていた)
スケジュールさえ合えば 各校の学祭には勧んで赴いた
キリスト教系のお嬢様高校に行った際には偶然お偉いシスター様と
同じエレベーターに乗り合わせるはめになり大変恐縮した
ああ また擦れた
そうそう
3年生の頃
お邪魔した大学には 親しくさせていただいた手塚神の漫研部長がいらした
(東の彼女のことです)
少し胸が痛い
なにせ彼女の御母堂には石狩川に酔っぱらって落ちた
僕のパンツを洗って貰ったのだから
(そのくだりの一部は80年代の雑誌”ぱふ”に掲載されているらしい)
ああ また擦れた
そうそう
そこの副部長 むくつけき熊のような体躯 それでも少女漫画指向
傍にいて安心できるタイプ 人当たりが大自然のような雰囲気
学祭で校舎内が喧噪の渦で震えている中
彼ははるばる札幌から来た僕を部室に迎え入れながら
互いの近況を語り合う中途で 唐突に 不意に宣言した
「実は俺 彼女と結婚するんです」
その視線の先には 偶然開いたドアの向こうに僕の知らない 多分お逢いしたことの無い
ここの漫研の女性部員と思われる方が 何かの作業をしながら立ち働いていた
愛らしい方だった
僕の免罪符の金文字のどっかが壊れた いや 欠けた
大学生の状況で結婚
ああ 決めたんだ この人
この段階で決めたんだ
僕にはとうてい出来ない
その後 お世話wになった部長とご挨拶をして
帰り道の列車の中 当たり前と思っていたモラトリアムの存在
それが崩壊に近づいている音が軍靴の響きのように
レールの継ぎ目のリズムで暗い車窓から偶に光る街灯を伴って
秋の深夜を疾る札幌行き最終電車に座っている僕を打った
今も対象を熊として地方ニュースを探ってる状態です