ジュンチャンと世界を巡る 第116回はブルンジ
- カテゴリ:レジャー/旅行
- 2022/10/21 06:01:56
ブルンジは、東アフリカの内陸に位置する国家で、ルワンダ・コンゴ民主共和国・タンザニアと国境を接していて、政治面の首都はギテガ、経済面の首都はブジュンブラです。
一方でルワンダと同じく、多数派のフツと少数派のツチの間で対立があり、1962年の独立以降はたびたび衝突し1993年には内戦にまで発展しました。
国の名ですが、「ブルンジ」の「ブ」はルンディ語で「国」を意味し、「ルンジ」はこの国の民族のルンディ族を意味するので、ルンディ語で「ルンディ族の国」という意味となるのです。
16世紀頃に、中央部の高原にブルンジ王国が成立しましたが、18世紀には干ばつや疫病、奴隷商人の襲撃などを免れたため周辺諸国に対し相対的に強力となり、この繁栄は19世紀まで続いたのです。
1884年にはドイツの勢力圏に入り、のちにドイツ領東アフリカの一部となったのですが、ドイツはブルンジ王国の統治構造に全く手をつけず、間接統治を行いました。
1914年に第一次世界大戦が勃発するとブルンジはアフリカ戦線の一部として戦闘が始まり、1916年にはベルギー領コンゴからの軍によって制圧されました。
第一次世界大戦が終結すると、1923年には隣国ルワンダとともに国際連盟委任統治領ルアンダ=ウルンディとしてベルギーの統治下に入り、ベルギー政府もドイツの方針を受け継ぎ、ブルンジ王国を存続させて間接統治を継続しました。
1946年には国際連合の成立により、その信託統治領に改組されました。
1962年、ブルンジはベルギーから独立しましたが、しかしフツ・ツチ両民族の対立による政局の混乱が続き、1972年には少数民族のツチ族による支配に不満を持つフツ族の反乱で1万人のツチ族が殺害されると、その報復として同年4月から10月にかけてツチ族系の軍隊がフツ族10万人を殺害するという事件がおきました。
その後も争いは続き、1987年9月、国軍による無血クーデターでツチのピエール・ブヨヤ政権が誕生しましたが、ブヨヤ政権は民族融和を推進するが、民族間の抗争を止めることはできず、1988年には再びフツの暴動によってツチの虐殺が起こり、これを鎮圧する軍によってフツも虐殺されました。
その後もツチとフツとの対立は続き、20年近く続いたブルンジ内戦まで引き起こしましたが、現在まで混乱は続いています。
この国の地理ですが、ブルンジは高原の国であり、タンガニーカ湖畔の最も低い地点でも標高は772mあり、国土の大部分は標高1500m以上です。
国土は西端の低地、西部の山脈、そして中東部の高原に3分され、西端には南北にルジジ川とタンガニーカ湖が位置しており、コンゴ民主共和国との国境となっています。
ルジジ川付近には平地が広がり、タンガニーカ湖の北東端には最大都市ブジュンブラが存在するものの、山脈が西端低地のすぐ近くから始まるため低地が少なく、タンガニーカ湖西岸には低地の発達が見られません。
ブルンジはアフリカの中でも経済開発が遅れている国のひとつであり、世界最貧国に数えられていて、世界銀行によれば、ブルンジの2019年の1人あたりGNIは280ドルであり、データが存在する国、前年または前前年の数値から順位が推定可能な国の中では192か国中最下位、その他の様々な経済指標でも世界最低レベルです。
主要産業は農業で、中でもコーヒー豆の生産は突出しており、1997年には総輸出の実に88%がコーヒー豆によって占められていました。
ブルンジに鉄道は存在せず、ブルンジの貿易は近隣諸国との道路輸送のほか、タンガニーカ湖を利用した湖上水運も存在します。
この国の言語ですが、公用語がルンディ語とフランス語で、スワヒリ語も話されています。
宗教はカトリックが62.1%、プロテスタントが23.9%(うちアドヴェンティストが2.3%)、ムスリムが2.5%、その他の宗教が3.6%です。
ブルンジには義務教育制度は存在せず、初等教育6年、中等教育7年、大学が4年から7年となっていて、2015年の識字率は85.5%です。
国民総幸福量のランキングでは常に非常に順位が低く、2016年度調査では調査国157カ国中最下位となりました。
ここから、ブルンジ観光に入ります。
まず、ルヴブ国立公園です。
この公園の大きさは、世界規模の観点から見ても群を抜いていて、500平方キロメートルを超える大きさを誇るその公園には、サルやヒョウ、バッファローなど、陸で生活する動物をはじめとして、水辺で生活をするワニなども存在し、まるで広大な動物園に来たかのような気分を味わうことができます。
次に、リビングストン・スタンレーモニュメントです。
昔、リビングストンという人がいて、この人はアフリカにおいて奴隷解放のために尽力したことで知られていますが、そのリビングストンがある日遭難してしまって、このときリビングストンを助け出した人物こそ、スタンレーなのです。
「リビングストン・スタンレーモニュメント」は、この2人の功績をたたえるためのもので、ブルンジ国民だけでなく、ブルンジを愛する観光客の中でも大変有名です。
最後に、タンガニーカ湖です。
首都のブジュンブラにある「タンガニーカ湖」は世界で2番目に深い湖で、淡水湖としては世界最大級の深さを誇っています。
水も比較的キレイで、何百種類もの魚が生息しており、眺めも良いことから観光客も多く訪れるスポットです。
「タンガニーカ湖」の周囲は、部分的に砂漠のようになっていて、ビーチ感覚で散策をしてみるとより楽しめます。
次回も東アフリカの国々を紹介します。
引き続き気楽に遊びに来てください。( ^)o(^ )