Nicotto Town


人に優しく


薄い背中


指示どおり三枚の書類のそれぞれの箇所に、それぞれの必要事項を記入しながら、「いや、あれからずっと考えてたから。実際、月二千円であの式場は魅力だよ」

白いバルコニーに肩を寄せて立つ二人のモデルが、脳裏に浮かんだ。

はじけるような花嫁の笑顔は記憶にあったが、新郎の顔がどうしても出てこない。

「それにもういい歳だしさ。ま、結婚する当てはないんだけど」

いってから、その花嫁の笑顔が一瞬、妹や和哉のそれとかさなった。

「損はさせねえからよ」

すぐに事務所に戻らなければと書類をまとめる日浅を追って、玄関に立った。

「今野秋一の挙式は手を抜くなって、ブライダル担当のやつらに触れ込んどくっけ」

見ているこちらが歯痒いような、不器用な手つきで靴ベラを日浅はうごかしていた。

こんなもの、本当に不要だと思った。

踵など以前のように踏み潰して履いたらいいのだ。

じゃあ、と薄い背中に声をかけた。

この男が、おそらく十日前には切り出せず、手ぶらで帰ったことに思いを馳せると、自分の鈍さが呪わしかった。





ー 『影裏』 沼田真佑 ー




 




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