薄い背中
- カテゴリ:友人
- 2022/10/01 17:03:17
指示どおり三枚の書類のそれぞれの箇所に、それぞれの必要事項を記入しながら、「いや、あれからずっと考えてたから。実際、月二千円であの式場は魅力だよ」
白いバルコニーに肩を寄せて立つ二人のモデルが、脳裏に浮かんだ。
はじけるような花嫁の笑顔は記憶にあったが、新郎の顔がどうしても出てこない。
「それにもういい歳だしさ。ま、結婚する当てはないんだけど」
いってから、その花嫁の笑顔が一瞬、妹や和哉のそれとかさなった。
「損はさせねえからよ」
すぐに事務所に戻らなければと書類をまとめる日浅を追って、玄関に立った。
「今野秋一の挙式は手を抜くなって、ブライダル担当のやつらに触れ込んどくっけ」
見ているこちらが歯痒いような、不器用な手つきで靴ベラを日浅はうごかしていた。
こんなもの、本当に不要だと思った。
踵など以前のように踏み潰して履いたらいいのだ。
じゃあ、と薄い背中に声をかけた。
この男が、おそらく十日前には切り出せず、手ぶらで帰ったことに思いを馳せると、自分の鈍さが呪わしかった。
ー 『影裏』 沼田真佑 ー