挨拶
- カテゴリ:仕事
- 2022/09/24 17:57:56
中年の男が言った。
「監督さん、こんな木偶の坊に腹を立ててもはじまりませんぜ」
監督は黙って、鼻の孔から煙をはき出した。
煙草のヤニで茶色になった指が、籐の鞭を握ってせわしなくうごめくのが見えた。
中年の男は、監督のポケットに煙草の箱を押しこんだ。
監督はまるで気づかぬように、フンと鼻をならしてポケットを手で押さえ、向こうへ行ってしまった。
「あんた、新入りだな」
中年の男がたずねた。
羅漢大爺は、そうだと答えた。
男はつづけた。
「新入りの挨拶をしてねえんだろ」
「むちゃだ、畜生! むちゃだよ、ひとをむりやり連れてきておいて」
羅漢大爺が答えた。
「小銭でも、煙草一箱でもいい。働くか怠けるかじゃねえ、間抜けだけがぶたれるのさ」
中年の男は言った。
ー 『赤い高粱』 莫言 ー