Nicotto Town


!(๑❛ᴗ❛๑)(;´・ω・)


奥山准教授のトマト大学太平記



奥本大三郎先生のご本である
幻戯書房

もう全体が大学生になってゼミに参加しているふうで
楽しくて仕方ない

「彼氏が言うんです。文学部なんか出たって何の役にも
立たないじゃないかって。そう言われちゃうと、私たち
何も手に職がついてないし、自信なくします」
「彼氏は何学部?」
「経済です」
「経済学部ね。経済の学生から見たら、仏文なんて、
何するところだ、と思うだろうなぁ。帳簿のつけ方習うわけじゃなし、
景気の動向を予測するわけじゃなしね。でも、本当言うと、大学で
学んだ経済学なんか、会社に入っても直接の役には立たないんだよ」
「ほんとですか」
「そりゃそうだよ。経済学部だってやはり、この世界の見方というか、
ものの考え方を学ぶんでね。でも学部の学生にすりゃ、学問をするところ
というよりは職業訓練所というか、会社員の資格を取るところみたいな
つもりだからな。逆に就職に有利ということがなかったら、経済学部なんか
に行く学生は減るだろう。いきなり専門書読まされても面白くないものな。
で、君は彼氏にエラソーに言われて、それでしょげてるわけか」
「ええ。じゃ、経済学って学問じゃないんですか」
「いや、それは立派な学問でしょう、知らないけど。経済学を勉強すれば、
社会の構造や経済の動きが解るかもしれないしね。でも、そういう学問
の面白さがほんとに解るのは、三十過ぎてからでね、たいていは、
いやいややってるのさ。

じゃ、彼氏に、何のために生きてるのか考えたことある?って訊いてごらん。
仏文の学生だったら、そういうナマな問を自分に突きつけたことはなくても、
モンテーニュとかプルーストとかポール・ヴァレリーなんかのテキストを
読んでいるうちに、知らず知らずそういうことを考える下地が出来てくる
もんだけどね。以前は、大学に入って二年間の教養の時に一見無駄な、
そういう本を読んで感動したりものを考えたりしたんだけど、今は
そうじゃないからな。就職のことだけに話をしぼるんなら、文学部は不利
だよ。銀行でも商社でも、文学部卒なんか駄目」
せっかく学生が悩みを打ち明けているのに、文学部なんか就職には駄目とは、
ひどい教師である。実際のところ奥山ゼミの卒業生でも、そこそこいいところ
に就職はしている。しかしそれは学生個人が努力したのであって、先生の
手柄ではない。それにしても、学生が将来のことを心配しているのだから、
「フランス語を生かして輸入商社や銀行なんかにも入ることができるし……」
とかなんとか、希望を持たせるようなことを言ってやればいいものを、
「そのフランス語じゃ、会社に入っても役に立たんしなあ」とはっきり
言ってしまう。実際に、十九、二十世紀の文学書は読んでいても、
商業手紙を書いたり、書類を作成したりというような、いわゆる実用
フランス語となると、何もやっていない。この先生自身にも、そういうこと
がちゃんとできるのかどうか、怪しいものである。ただ、
「君たちフランス語の基礎は出来ているんだから、入社してしばらく
やってれば、そんなことぐらいすぐできるようになるよ。海外で研修を
受ければ、まあ、二年は苦労するけれど、電話をかけたり、交渉したりの
仕事でも、何とか使い物になるんじゃない」
と会社の事務をなめたようなことを言う。

奥山先生がこんなことを言うのは、実をいうと学生を試しているのである。
文学が好きでもないのに、フランス語がペラペラ喋れたらカッコいいだろう
というような、いわばカン違いで仏文なんかに入ってきた学生にとっては、
地道にテキストを読む毎日の授業が苦痛であろう。テキストに少しも魅力
を感じない学生が、専門課程で二年苦しんだ末、何より困るのは卒論で、
興味がなければ、何を書いたらいいのかテーマが見つからなくて四苦八苦
する。そしてそのあげく、今フランスで流行している文学理論の形式を借り、
そこに使われている用語を精一杯ちりばめ、データを入れ替えて元の論考に
擬態した、それこそ砂を噛むような論文を書くことになる。それぐらいなら、
今のうちに転部するとか、入試を受け直すとかしたほうが学生のためになる、
と先生は本気で考えているのである。
文学は実用の役に立たない、とはっきり言うこの先生は一方で、詩人と
哲学者が尊敬されないような社会は駄目だと考えている。そして、
ホメ―ロスやシェークスピアやゲーテやボードレールどころか、
自分の国の在原業平も芭蕉も斎藤茂吉も本当に読んでいない先生ばかりの、
今の日本の大学はもう駄目だ、というのである。この人は、旧制高校式の
"デカンショ" なのだ。彼によれば、哲学も詩もない学問は只の技術に
過ぎない。そんなものは危険でさえある。
「そもそも、学問は実用の役に立たないものなんだよ。経済学やったって、
株価とか為替相場の予測はできないよ。でも、あの理論的解明がなければ、
「神の怒り」とでも言うしかなくなっちゃう。それよりなにより、なぜ
地震が起きるのか、そのことについてまず知りたいじゃないか。数学って
二乗するとマイナス1になる√1なんて、実際にはちょっとあり得ないよう
な数の研究をするのは、実用の役に立たないことだと最初、誰でも思うよね。
虚数と言うんだがね。それが物理学や経済学の分野でさえ使われるように
なる。そんなことを思い付いた学者は、ただ興味があるから研究したんだ
ろう。文学だって無用の学問と思う人が多いけれど、詩や哲学の必要性を
感じないで生きてる人なんて、寂しいもんさ」
そう言って奥山先生は、学生の顔を見た。

ヴェルレーヌの詩でも音読してみよう

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2022/09/21 22:15
大学に入ってからでも学部は変えられる場合が多いので
やりたい事が見つかったら、その専門分野を学べる
学部に移ってもぃぃので(*◕‿◠*)з





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