Nicotto Town


人に優しく


ドアを閉めた


「いや、僕が出ていく」

「なんですって?」

ブランチは驚いてきき返した。

夫の言葉が理解できなかったのだ。

「あのおそろしく不潔な屋根裏できみが生活するなんて、考えるだけでぞっとする。考えてみれば、ここはきみの部屋でもある。ここなら気持ちよく暮らせるだろう。少なくとも、最悪の状態だけは免れられる」

ストルーヴェは金をしまってある引き出しに近づき、中から紙幣の束を取り出した。

「半分はきみに」

そういって金をテーブルに置いた。

ストリックランドもブランチもなにもいわなかった。

ストールヴェは、ふと思い出していった。

「僕の服をまとめて、管理人に渡しておいてくれるかい? 明日取りにくるから」

そして、無理に微笑んでみせた。

「さようなら。きみが僕にくれた幸せすべてに感謝してる」

ストールヴェはアトリエを出ると、後ろ手にドアを閉めた。





ー 『月と六ペンス』 サマセット・モーム ー




 




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