ドアを閉めた
- カテゴリ:恋愛
- 2022/09/10 11:09:30
「いや、僕が出ていく」
「なんですって?」
ブランチは驚いてきき返した。
夫の言葉が理解できなかったのだ。
「あのおそろしく不潔な屋根裏できみが生活するなんて、考えるだけでぞっとする。考えてみれば、ここはきみの部屋でもある。ここなら気持ちよく暮らせるだろう。少なくとも、最悪の状態だけは免れられる」
ストルーヴェは金をしまってある引き出しに近づき、中から紙幣の束を取り出した。
「半分はきみに」
そういって金をテーブルに置いた。
ストリックランドもブランチもなにもいわなかった。
ストールヴェは、ふと思い出していった。
「僕の服をまとめて、管理人に渡しておいてくれるかい? 明日取りにくるから」
そして、無理に微笑んでみせた。
「さようなら。きみが僕にくれた幸せすべてに感謝してる」
ストールヴェはアトリエを出ると、後ろ手にドアを閉めた。
ー 『月と六ペンス』 サマセット・モーム ー