自作小説倶楽部6月投稿
- カテゴリ:自作小説
- 2022/06/30 22:07:52
『愛しの・・』
依頼人は俺のあいさつを遮ってまで主張を始めた。依頼の説明ではなく『持論の主張』であって証拠のあるなしに関わらず結論は依頼人の頭の中で完結している。探偵に期待していることはトリュフ豚のように望みのままの証拠を掘り出すことだ。
依頼人の顔を失礼にならない程度に観察する。若い頃は中々の美人だったろうが今は目つきや立ち振る舞いに刺々しさが目立つ。
探偵は投げられた棒切れに突進する飼い犬じゃない。五感を研ぎ澄まし、正しい道筋をたどって依頼人も気付かぬ真実を見つけ出さねばならない。
依頼人を落ち着かせながら、まずは「あの女」の素性から聞き出した。が、俺が報告書を作成するなら彼女のことは2ページ目から書き始めるだろう。まずはとある資産家の死と厄介な遺言から1ページ目を始めねばならない。
◆◆◆
わたしがアイリスです。ええ、生まれてからずっとアイリスです。大した家柄でも無いし、両親に名前のこだわりも無かったからミドルネームもありません。アナベル、ですか。リード夫人にも聞かれました。聞かれたというか決めて掛かられました。何のことかわかりません。もちろん、わたしの偽名ではありませんよ。
ええ、グリーンさんとは歳は離れていましたが良い友人でした。あの穏やかなグリーンさんと気の強いリード夫人が父娘なんて驚きました。グリーンさんと最後に会ったのは5月も半ばでしたね。彼が亡くなったなんてまだ信じられません。もう庭の自慢を聞けないなんて残念です。ええ、毎年花の種類や位置を変えて趣向を凝らすんです。たしか、日本の寺院みたいにするとおっしゃってました。
最期の言葉? 遺言状? 知りません。わたしが立ち入る問題じゃないですよ。
え? 『アナベルにすべてを託した』と言ったんですか? 昔の恋人? いいえ、ここ1年程彼はこの町からも出ていないと思うから遺産を託す人間なんていないでしょうね。
植物? そういえば『アナベル』という品種の白いアジサイがありますね。まさか。アジサイの根元に何か埋めている? そんな面倒なことをどうしてするんですか? それに、アジサイのことはレイにも話しました。彼はグリーンさんの孫の一人でリード夫人の末の息子です。隔世遺伝なのか彼もすごく植物を育てるのが好きなようですね。アジサイのことを話してからも何度か連絡を取っているし、よくうちに来ます。遺産を手に入れたらわたしに興味なんて無くなるんじゃないですか?
レイのことを思い出しているのかアイリス嬢は朗らかに微笑んだ。
しがない探偵の俺は二人の若者の幸せを願いつつ。息子が母親の代わりに調査料を支払ってくれるか考えていた。
探偵の苦悩というところでしょうか。
探偵さんは調査料がもらえるのだろか