Nicotto Town


人に優しく


坊っちゃまも


お蕙ちゃんは「あたしお引っ越しはうれしいけど遠くへいけばもう遊びにこられないからつまらないわ」とやるせなさそうにいう。

で、私もどうしようかと思うほど情けなくなって二人してふさいでいた。

これがお別れだといってその晩はみんないっしょに遊んだが乳母もさすがに「ほんとうにおふしあわせなお子さんだ」と言い言いしげしげと顔を見つめていた。

次の日にはおばあさまに手をひかれて玄関まで暇乞いにきた。

私はいつものおとなびた言葉つきでしとやかに挨拶をするお蕙ちゃんの声をきいて飛んでも出たいのを急にわけのわからない恥ずかしさがこみあげてうじうじと襖のかげにかくれていた。

お蕙ちゃんはいってしまった。

あとを見おくってた家の者はくちぐちに「きれいなお嬢様だこと」といった。

お蕙ちゃんはおひな様のときの着物をきてきたという。

ひとり机のまえにすわってなぜあわなかったろう とかいもない涙にくれているのを乳母ははやくも見つけて「坊っちゃまもおかわいそうだ」といった。





ー 『銀の匙』 中勘助 ー




 




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