マロニエの木
- カテゴリ:友人
- 2022/05/14 13:46:11
「あの木が、ひとりぼっちのわたしの、たったひとりのお友だちなんです」
彼女はそう言って、病棟の窓を指さした。
外ではマロニエの木が、いままさに花の盛りを迎えていた。
板敷きの病床の高さにかがむと、病棟の小さな窓からは、花房をふたつつけた緑の枝が見えた。
「あの木とよくおしゃべりをするんです」
わたしは当惑した。
彼女の言葉をどう解釈したらいいのか、わからなかった。
譫妄状態で、ときどき幻覚におちいるのだろうか。
それでわたしは、木もなにかいうんですか、とたずねた。
そうだという。
ではなんと?
それにたいして、彼女はこう答えたのだ。
「木はこういうんです。わたしはここにいるよ、わたしは、ここに、いるよ、わたしは命、永遠の命だって……」
ー 『夜と霧』 ヴィクトール・エミール・フランクル ー