軍帽
- カテゴリ:仕事
- 2022/04/30 14:32:05
区長たちの顔には、複雑な表情がうかび出ていた。
銀四郎が乞いをいれてやってきてくれたことに安堵を感じていたが、同時にかれに対する嫌悪も重苦しく胸に湧いていた。
懇願されてやってきた銀四郎は、傲慢な態度をとるにちがいなく、それをどのように扱うべきか不安であった。
銀四郎が、男たちとともに近づいてきた。
頬から顎にかけて白毛まじりの不精髭が生え、軍帽の庇の下には白眼がちの細い眼が光っていた。
区長が、進み出た。
銀四郎は立ちどまると、「災難だったな」と言い、徐ろに軍帽をぬいだ。
その仕種には、死者に対する哀悼がにじみ出ていた。
ー 『羆嵐』 吉村昭 ー