がんばれよ
- カテゴリ:友人
- 2022/04/09 17:05:06
ジャケツを持っていくか? と、中佐はうしろを振りかえった。
いや、営倉ではジャケツを取りあげてしまい、防寒服だけしか認めないのだ。
じゃ、このままでいこう。
中佐はヴォルコヴォイが忘れてしまうことを期待して(とんでもない、ヴォルコヴォイはだれに対しても決して忘れたりはしない)、なんの用意もしていなかった。
いや、防寒服の中へタバコを隠すことすら忘れていた。
だが、手に持っていったのでは意味がない。
身体検査ですぐに没収されてしまう。
それでも彼が帽子をかぶるすきを狙って、ツェーザリは巻タバコを二本そっと手渡した。
「それじゃ、諸君、いってきます」と、中佐は放心した面持ちで、一〇四班の連中にうなずくと、看守のあとについていった。
その後ろ姿に数人の者が声をかけた。
がんばれよ。
気をおとすんじゃないぞ。
いや、それ以上なにがいえたであろう?
一〇四班の連中は、自分の手で監獄を建てたのだ。
だから、そこがどんなところか知りぬいている。
ー 『イワン・デニーソヴィチの一日』 アレクサンドル・ソルジェニーツィン ー