【無題】第9回
- カテゴリ:自作小説
- 2022/03/16 22:38:29
「な……」
何でこんなこと、と言葉にしようとしたが俺の口は言葉を発せず、呼吸すら出来ない痛みに体が硬直する。
今まで生きてきて味わったことのない胸部に広がる熱い衝撃に、頭の中に浮かぶ感情は「嘘だろ?」だった。
「ごめんね、シン」
コイツは何を言っているんだ?
理解できない。
理解できない。
理解できない!
コイツは俺に何をしたんだ!?
何が、何を、どうして!
「ごめんね、悪いのは約束に耐えられなかったアイナなんだけどね。
でももう無理なの、イヤなの、シンが他の女とするのが、他の女と一緒にいるのが。
最初は納得して付き合ってたけど、そういうものなんだって自分に言い聞かせてたけど。
どんどん好きになっていって、好きになればなるほど絶えられなくなるの。
だからシンを私だけのものにしたい、そう思うようになっていってね。
でもそれは無理だから終わらせるの。
アイナだけのものにならないシンなんていらない。
シンがいるだけで嫉妬に狂いそうになるから。
だからシンをアイナの手で終わらせるの。
アイナだけの永遠のものにするの。
大丈夫だよ、シンが寂しくないようにアイナも一緒に逝くから」
ああ、そうか、俺は刺されたのか。
先輩によく言われた言葉を思い出した。
「メンヘラだけはやめとけよ、ガチでめんどくせーことになるから」
その忠告を軽んじた結果がこれだ。
他の奴はしらねーけど、俺なら上手くやれる、俺なら大丈夫だと鼻で笑っていた。
で、俺刺されてるって、最高に笑えねぇ。
「シンは本当の恋愛を知らないまま終わるんだよ?
可哀相だよね、女を快楽の道具としか見てないんでしょ?
愛を知らないまま終わるなんて、寂しいよね。
でも大丈夫だよ、アイナが一緒に向こうに逝ってあげるから。
向こうで教えてあげるから、純愛ってとってもステキなんだよ」
ダメだ、足に力が入らなくなってる。
立ってられない。
倒れこんで頭を床にぶつけたが、もう痛みなんてどこが痛いんだか訳がわからなくなってる。
刺された胸を中心にした熱さが全身に広がっていく。
なんとか頭だけを動かし俺を刺した女を見上げる。
狂気と表裏一体の表情が憂いた顔で俺を見下ろしている。
狂ってる。
ああ、こいつは手を出しちゃいけないメンヘラだったのか。
どこで間違えたんだ、こんなはずじゃなかった。
こんなことならコイツの言う通り純愛に生きればよかったのか?
でも俺はどこか冷めていて、本気で女を好きになったことなんてなかった。
こればっかりは考えてどうこうなるものじゃないだろ? 本気になれないんだから。
そうか、そうだよな、コイツの言う通りだ、俺は愛だとか何だとかを知らないまま死ぬんだな。
情けねぇ、先輩の真似して得たものがこんな終わり方とか。
最悪だ。
そして見上げる俺の視界に映し出されたのは、俺を刺した包丁で自分の喉を横一直線に引き裂いたアイナの姿だった。
薄れゆく意識の中、思い出すのは俺の人生の分岐点になったあの合コンだ……。
佐久間真、真はマコトではなくシンと読む、それが俺の名前だ。
父親は祖父が開業医で始めた個人病院の二代目院長で、その息子の俺も医者になり三代目としていずれ病院を継ぐ予定だった。
小学校までは公立で、中学からは親に言われるまま有名私立に入り、家庭教師も付けられ医大に入るべく中高とひたすらに勉強を頑張った。
もちろん恋愛などてしている暇なんてなかった。
現役で医大になんとか入り、2回生になった時の春だ、無縁と思っていた合コンに誘われたのは。
講義で挨拶する程度の顔見知りに誘われた。
「ねえ、今日この後ヒマ?
実はさ、先輩にこの後合コンに誘われてるんだけどさ、4対4でセッティングしてたらしいんだけど。
相手の女が急に5人に増えちゃってさ、それで先輩に1人つれて来いって頼まれたんだよね。
どうかな? 人数あわせみたいで悪いけど助けると思って来てくんない?
もちろん参加費は先輩が出してくれるって話だし、運が良けりゃお持ち帰りもあるかもだし」
そう話しかけてきたのは、今日の最期のコマで同じ発生分化学の講義を受けていた林正孝だ。
「え? 合コン? いや、俺そういうの行ったことないし、ちょっと……」
正直めんどくさいという思いが先にたち、断ろうとしてしたが林が必死に説得してくる。
「行ったことないなら丁度いいじゃん、デビューしちゃいなよ、ほら、社会勉強だと思ってさ、堅く考えなくていいから、気軽にさ!」
こっちの都合はお構いなしにどうあっても補充人員を確保したいらしい。
だけどこの時、俺は「社会勉強」という大人びた言い回しに少しだけ惹かれた。
「何事も経験だよ? たとえ釣果がなくても釣りは釣り糸を垂らす事に意味があるんだ。
釣れたらラッキーぐらいに考えてさ、行ってみようよ」
出たよ、謎の「参加することに意義がある」理論。
しかしだ、しかしだよ、今までずっと友達も、遊びも、恋愛も、全て諦めてただひたすらに勉強のみに費やしてきたこの青春に、一度くらい大人になるための社会勉強をしてみてもいいんじゃないか。
そんな考えがよぎった。
そして気がついたら創作料理をメインで出す、少しオシャレな店舗のテーブルに座っている俺がいた。
全体が木目調で統一され、バーカウンターもある店内にはブルーノートナンバーを中心としたジャズが流れている。
隠れ家的ないかにもな店だ。
そんな大人の世界に片足を入れた俺は少し緊張しつつ、そして若干浮ついていた。
ドリンクのオーダーを済ませて。
先ずは乾杯して。
お約束の5対5の簡単な自己紹介も済ませる。
こっちは皆同じ医大の2回生と3回生の5人。
かたや相手は全員同じ短大の友達同士らしい。
ざっくばらんな雑談に花を咲かせ料理を楽しんで場が暖まってきた頃合に、1コ上の3回生の先輩が衝撃的な発言をした。
この先輩の発言が、俺の人生を大きく変えることになるなんて。
本当に人生どうなるかわからない。
早くそういうことか!って頷きたい!
急に現代っぽくなったw
それでそれで? o(´∀`)o