Nicotto Town


ガラクタ煎兵衛かく語りき


山柳よう子(やまやぎ・ようこ)



 今もどこかに(多分)生存している女性ドラマー(のはず)だ
年齢不詳、かつ面(顔)が詳細に割れて(知られて)いない
だから追いかけようも無く、調べようも無く、ツキウサギよりも知られていない
所詮、wikipediaは、覚悟を決めた存在からはフリーでいられるツールに過ぎない

 彼女は理系大学卒業後、某電子メーカーの試験に不思議にも
(時代が良くて)合格した。
面接における彼女の傍若無人振りは、実は今も世の中には封印されたままである。
僅かに伝え聞いた(中には故人を含む)ところによれば、
面接での彼女の振る舞いは、
いかにも狂気じみていて、面接陣の目の前に進み出るや否や、
現状でのドンカマ(リズムマシーン)の作成はおろか、
その方向性さえも否定しきった。

「このままではいけません。やがて、AIが全てのパターンを渉猟し尽きます。」
面接陣は一瞬凍り付いた。そして、彼女は一つのリズムパターンを、
ハミングと、手拍子と、頭の左右の振れだけで、プレゼンした。
 口を開けるしかなかった面接陣の前で、絶妙のタイミングの後、
リズムパターンは次の段階に移行し、ポリリズムを、手と、足と、腰と、頭と、
(当時伸ばしていた髪の先)と、最終的な終わりを告げる、
ホイッスルみたいな声で完結させた。面接陣にとって、採用以外の選択肢はなかった。


 ここからが彼女の苦難の時である。アイデアは湯水の如く浮かび出るが、それを受け止める、ハード側のデヴァイスが追い付かない。
凄まじい才能を得たこのメーカーではあったが、
彼らにとって、キーボードは花形でも、売り上げにおけるリズムマシーンのシェアは少なかった。
世間では新音源シンセサイザーやら、10数年後を見据えたソフト化や、家庭内の、
ホームキーボードに対する需要や、漏れ伝え聞く、ヴォーカロイドの浸蝕を考慮せざるを得なかった。


 山柳自身は実はライブ未経験である。様々なアーティストと共にスタジオに繰り出し、
機械(やソフト)を全てアーティスト側の立場で確認し、
PAはもとより、CDやDVDのメイキングにも多数参画した。
数多のアーティスト(誰よりもスタッフ)が彼女を頼りにした。
複数のアーティスト、いや、プロダクションが彼女を指名した。


 先日、やがて年月が満ちて、その某電子メーカーを定年退職した。
これ以上の無い円満な出来事だった。
彼女の退職に多くの社員が涙を流しながら、頭を垂れた。社長(2代目)は常に平身低頭のままだった。
ところが、ところが、彼女自身は自覚はないけれど、気付いてみればずっと独り身だった。
後に、幾つかのロマンスが発覚するのかもしれない。

 実はこれまで誠実に会社に勤め続けてはいたが、『これはダメだろう』とか、
『ムリムリ』とか、『バカだろう』とか、『この方向性は有望』といった
(自分なりの)散文を、それに(テクニカルな)資料を添えて、
一冊のノートに地味に貯め込んでいた。

 かっての先輩の高之坂にそのノートのコピーを送ろうと思いたったのは決して偶然ではない。
テレビのスタジオで2.3回しか逢ったことしかないが、あの人は他と違っていた。
今もお元気でいられるのでしょうか。過去にほんのちょっとすれ違っただけども、


 そう時候の御挨拶をこめながら、でもやっぱり知りたいじゃない。
あの素晴らしいフレーズと音色のギターの現在の状況を。

 「今の流通している音楽には、それなりのものは感じますが、高之坂先輩は、
本当はどうお考えですか?」

 すぐに返事がきた。「よっちゃん!渡りに仏!お久しゅう!元気?
ところでどうやったらギタートリガーを音階のあるフォルマントに伝えられるの?
教えて!お願い!あと、今主流のボードを教えて!脚に負担のかからない、
フットスィッチって、今どこのメーカーがいいの?」

 山柳にとっては、雑作もない質問ばかりだった。
いったん人生の一区切りを終えたばかりの彼女は、
急速に自分の中で得体の知れない何かが沸き立ってくるのを感じた。
『脚に負担のかからない? 車椅子でも扱えるエフェクターボードかー』

 寸時に様々なモデルが脳内に産まれ続けた。音の好みもある。外観も大事。

 即時に返信した。「お会いできます?」




PS
 山柳よう子は前期高齢者で、有難いことに現在御存命である





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