Nicotto Town



あれかこれか (前編)

『しばらく二人で黙っているといい。その沈黙に耐えられる関係かどうか。』
『ほんとうに黙することのできる者だけが、ほんとうに語ることができ、ほんとうに黙することのできる者だけが、ほんとうに行動することができる。』
                セーレン・キルケゴール

元来、庄吉も多恵子も陽気な性格であった。二人の人柄に惹かれて、常連になった客も多い。二人が営む「にこにこうどん」は、駅前から続く商店街の中にある。平日は、サラリーマン、週末は買い物客の利用が多かった。

しかし、長く続く新型コロナにより、テレーワークや外出の自粛が続き、売り上げが落ちるとともに、二人の陽気さは消え、些細なことから口論になることが増えた。

明日の仕込みを終え、二人は、暗い表情のまま、遅い夕食を食べはじめた。食卓には、売れ残った天ぷらが置かれていた。

「常連の田中さん、おるやろ。昼に、今日のうどんは、固めやなって言われたんや。茹で時間がちょっと長かったんかいの。」
「それな~私、カーリングの試合みながら、うどん踏みよったんよ。力はいって、はいって、踏みすぎたわ。スエーデンが韓国に勝ったときなんか、うどん玉の上で、飛び跳ねてしもた。」

「なんしょんな。毎日、同じうどんを出すんが、玄人の仕事や。」
「嬉しかったんやけん、しょうがないわ。伝言板に『ミートボールありがとう!』って書き込んだけど、誰もスエーデンの名物料理やと気がついてくれんかったわ。ほんまに、スエーデンには、名物がないわ。」

庄吉は、ごぼう天を口に運びながら、次々と揚げ物を頬張る多恵子の方を見た。

「うどんが固いと言われたんは、今日だけでないんで。多恵子が太ったけん、うどんが踏みすぎになっとんとちゃうんな。」
「そら、太るわ~。コロナでお客さんが減って、天ぷらが残るんやけんしょうがないわ。今日や、海老天を5つも食べたんで。」

「なんとな。俺や、ごぼ天とさつま芋しか食べさせてもろてないで。いつ、海老天、食べたんな。」
「片付けの時や。はよ、食べな美味しないやろ。ほんまに、コロナが続いたら、私、太ってしまうわ。そやけど、牛蒡やさつま芋は、食物繊維が豊富で、身体にええんで。もっと、食べまい。さつま芋も好きやろ。」

3つ目のごぼ天を頬張りながら、客が少なくなっているのに、いつものペースで天ぷらを作り、海老天をくれない妻に、怒りを覚えた。庄吉は沈黙を通し我慢しようと思ったが、こらえきれなかった。

「もう、手遅れや。」

多恵子の眉間に皺が走った。『人、自ら照らさんと欲すれば、必ず明鏡を須ふ。主、過を知らんと欲すれば、必ず忠臣に藉る。若し主自ら賢聖を恃まば、臣は匡正せず。危敗せざらんと欲するも、豈に得可けんや。』と言われるが、凡人は、人に注意や指摘をされると、いらっとするものである。

夫に言われなくても分かっている。うどん屋に嫁いでから、毎日、炭水化物と揚げ物を食べ続けている。多恵子は、ちくわ天を噛みしめて怒りを鎮め、話題を変えることにした。

「美千代さんところの喫茶店、里奈ちゃんが、手伝うようになって、繁盛してるんやって。コロナの前より、お客さん増えたらしいわ。」

里奈は、庄吉と美千代の一人息子、翔太と同級生の高校3年生である。里奈は、東京にある大学の推薦試験に合格し、授業のない三学期の間、母の喫茶店の手伝いをしていた。里奈は、通っている高校で四天王と呼ばれている評判の美人だった。

「美千代さんも美人やけんの。」

多恵子の眉間によった皺の深さに驚いた庄吉は、びくっとしていまい、思わず芋天をのどに詰まらせせき込んだ。若い頃、多恵子と美代子は、いずれがあやめかカキツバタかと並び称された商店街の看板娘だった。今では、あやめと雪だるまになってしまったが、多恵子は、まだ、美代子をライバルだと思っている。庄吉は、話題を変えることにした。

「翔太は、なんしょんな。」
「2階で、勉強しょうるで。国立の二次試験が、金曜日からはじまるやろ。」
「大学の授業料、高いんやろ。コロナが続いたら困るの。」

夫婦の間で、金銭の話をするときほど、険悪な雰囲気になることはない。夫は、甲斐性の無さを攻められていると感じ、妻は、言いたくないことを口に出すたび心がすり減っていく。

「あんた、うどんの値段上げたらええんとちゃうんな。」
「この前、小麦価格の高騰を理由にして、値上げしたばっかりやろ。」

「ほんなら、石油価格の高騰にしたらどうな。毎日、ニュースになっとるで。」
「天ぷらにつこうとる油は、石油やのうてサラダ油や。」

「そうしたら、ポテチみたいに、うどんを量を、少なくするんはどうやろ。」
「それは、出来んわ。うちの店は、爺ちゃんの代から、安くて量が多いんが売りや。味で勝負やしてないで。他の店に勝てんけんの。路線変更して、大塚家具みたいになっても困るやろ。」

「困ったわ。そしたら、あんたの煙草の量を減らしてもらわないかんわ。」
「ちょっとくらいだったら、うどんの量を減らせるかもしれん。それより、天ぷらを揚げ過ぎでないんな。」

「わたしや、お客さんに、ゲソ天ないんな言われて、ごめんね~品切れなんやって言うんが、一番つらいんや。おばちゃんの天ぷらが美味しいって、来てくれるお客さんが多いしね。」
「味で、勝負してない言うんは謙遜や。俺のうどんが美味しいから、お客さんきてくれるんやろ。」

「ほな、うどんも、天ぷらも美味しいことにしといてあげるわ。」

二人が笑っていると、二階から、階段をどんどんと踏みながら、翔太が降りてきた。

「あんたら、うるさいわ。勉強の邪魔や。落ちたら、あんたらのせいやからな。」

そういうと、翔太は、冷蔵庫からコーラを取り出し、また、二階の部屋に戻っていった。

庄吉は、「コロナより、受験生がおるほうが、しんどいの。」と言って、多恵子の目を見つめて、口にチャックをするしぐさをした。

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2022/02/24 00:39
つん
何を言う。マスク会食には、もってこいです。
それは、うどんをすするときに、飛沫が飛んでしまうのです。
オミクロンが怖くて、うどんが食えるかという県民性のなせるわざです。
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2022/02/23 23:05
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
何という マスクでしょう~アレはダメなやつでしょw

ちゃんと不織布のマスクして 手洗い、手指消毒、ソーシャルディスタンスを
守って今しばらく頑張らないといけませんね!

ところで、四国で1番小さい香川県の感染者が1番多いのはなぜでしょうか?
繁華街が多いのですか?


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2022/02/22 23:30
mさん
小学生の時は、学級委員長になるのが当たり前だと思っていましたが、中学生になると、小生意気な性格が嫌われたのでしょう中一、中二と推薦されて、投票で落選するという恥ずかしい事態が、毎学期起こっていました。人間は、成長するのもので中三で返り咲きましたが、投票がトラウマになったのか、それ以来、選挙は嫌いになりました。

涼華さん
朋ちゃんが、乗馬に夢中になっていたとき、お馬さんが可哀そうだと思うくらい豊満になられていました。しかし、今でも可愛らしい顔をしていてなごみ系です。恋する女性は、明るくて、楽しそうだと思います。しかし、私は、篠原涼子の「いとしさとせつなさと心強さと」と朋ちゃんの「I believe」が一緒に聞こえた音楽音痴です。
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2022/02/22 22:02
沖人さんの小説は、絶対に笑ってしまいますねw

太ったと言えば、朋ちゃん(華原朋美)
昔はスリムで小顔で可愛かったのに~

て、人のことは言えないかも (*≧m≦*)

どどどどどっ☆≡≡≡≡ヘ(〃 ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄)ノ
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2022/02/22 21:54
学校で「〇〇委員」決める時・・・沈黙が・・・娘などどれだけでも耐えられると言ってますが
息子はあの沈黙に耐えられないと、大学でも手を挙げ係を引き受けたとか・・・珍しい~~~私が過ごしたクラスにそんな気の利く人いたかなぁ~いなかった気がする。

沖人さんどうでした→たしかまず「立候補者はいませんか」ときいて「推薦」
その後くじとかじゃんけんとかで「役」決めていくと思うけど、「ハイ!引き受けます」なんて言ったことは?
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2022/02/22 21:26
アリスさん
オランダの名物は、まん丸いコロッケ(クロケット)でした。北欧の人達は、丸いものが好きなのでしょう。ノルェーの料理も質素と簡素さを売りにしており、バイキングの末裔とは、味覚があいませんね。
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2022/02/22 18:57
ミートボールがスェーデンの名物とは全然知らなかったよ。
誰かにお礼を言っているのかと思ったよ。
夫婦のやりとりがいいね。
仲がよさそうだね。
沈黙は金というけれど、何か話さなくてはいけないように感じてしまうよ。
沈黙は苦手だな。
結婚するまで、沈黙がちだった子は、結婚してから、天然ぼけだったんだね。と言われていたよ。
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2022/02/22 11:11
wineさん
香川かと思うくらい秘境です。東讃のうどん屋は少ないので、貴重なうどん屋なので、みなさんに愛されていると思います。帰省したら、行ってきます。
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2022/02/22 06:42
見てきました。自然豊かなところにあるようですね。讃岐うどん屋さんらしいうどん屋さんですね。
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2022/02/21 23:57
つん
何をおっしゃる。オミクロン時代においても、お口にチャックです。見よ、このマスクを。
https://internetcom.jp/206340/zipper-face-mask

蓮さん
煙草の量は、増えても減ることがないのです。禁煙できる人は、もうしていると思うので、このご時世にも吸っている人は、誘惑に対して無力な人達です。

寧々こさん
そうです。スシローも売り上げを伸ばしています。トリプルアクセルどころか、一回転もせず、半回転で運ばれるだけの回転ずしになっています。

ろくさん
過去日記を読まれれば、回数を重ねるごとに品質が落ちてきていることに気付かれるでしょう。最新作から、徐々に遡れば、文章力が向上していると錯覚することができます。

wineさん
微妙な問題です。ひょっとしたら、大食いになっているのかもしれません。スーパーのうどんは、一玉200g。うどん屋の小はちょっと多くて240g。香川最大級に一玉はここ。
https://kagawa-udon-love.com/2020/08/09/sannzokumura/

すずらんさん
香川のうどん屋には、製麺所があり、玉売りと呼ばれる麺だけを売っているところがあります。香川県民が聞いたら怒るかもしれませんが、まだ、uberがないような気がします。

たまちゃん
私は、沈黙が得意です。土日だと、コンビニのお兄さんくらいしか会話がありません。しかし、ガンダムと寅さん、もしくは、うどんだと、朝まで語ることが出来ます。
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2022/02/21 20:16
なんだかんだ言っても、夫婦漫才のようないいコンビですねw
こういうご夫婦なら、コロナ禍もどうにか乗り切れそう。
最初の引用、ずしっと来ますわ~
私は間が空くのが耐えられなくて、何かしゃべらなくちゃと思って、
でも元々おしゃべりが上手じゃないので、変なことばっかりしゃべって墓穴を掘っちゃう。
沈黙に耐えられるようになりたいです~
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2022/02/21 16:47
生活感溢れる夫婦の会話がとても自然で、
生きているみたいでした。
お持ち帰りとか、ウーバーに参加しないかな?
とか応援しながら読みました笑。
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2022/02/21 14:39
うどんの玉、小さくなってきてると思う。
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2022/02/21 01:57
昼休憩に読むのに丁度良いのです。本持って行ってもキリのいいところまでが難しいので
過去作品遡って読んでいるのです。
うどんって茹で時間長かったり、踏みすぎると固くなるのを初めて知りました。何でもかんでも踏めばいいというものではないんですね。それにしても丸亀製麺のうどんは四国の人からするとイマイチなのですか?
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2022/02/21 00:22
コロナ禍でも、全部が全部だめでないものねえ
かねてから飲食店が多すぎと思ってました っと、後編お待ちしてます
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2022/02/20 23:35
煙草の量を減らしてと言われると、うどんの量を減らせるかもというところで笑えましたw

続きお待ちしております。
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2022/02/20 23:22
(´∀`*)ウフフ 「お口にチャック」って・・・昭和かw

なるほど~
『ミートボールありがとう!』 には そういう意味があったのですねぇ~
私はスウェーデンというと・・・IKEAか、恐怖の「スウェーデンリレー」しか思い浮かびませんw
今日からカーリングとミートボールも付け加えておきます^^




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