入れ替わり
- カテゴリ:音楽
- 2022/02/05 15:53:37
「いい音」
ふりむいた由仁は目を輝かせていた。
和音もうなずく。
「いい音だね」
笑顔だ。
よかった。
ほっとした。
僕にはふたりがわからない。
ピアノを弾けなくなった由仁が、ピアノの前にすわって鍵盤を叩くことにびくびくする。
和音に対して投げる言葉にはらはらしてしまう。
由仁が、和音が、今どういう気持ちでいるのか、読み取ることができない。
「和音にもできるよ」
由仁の声は明るかった。
「和音はどこでだってどんどん弾けるんだよ」
由仁が立ち上がって、和音に席を譲る。
ふたごの入れ替わりはごく自然だった。
和音が譜面台に楽譜を載せ、椅子にすわる。
それから、由仁がやったのと同じように、指一本で鍵盤を叩いた。
それは基準音となるラのはずだったのだけど、音の伸びる方向にすうっと景色が開けるのが見えた。
ー 『羊と鋼の森』 宮下奈都 ー