Nicotto Town


人に優しく


入れ替わり


「いい音」

ふりむいた由仁は目を輝かせていた。

和音もうなずく。

「いい音だね」

笑顔だ。

よかった。

ほっとした。

僕にはふたりがわからない。

ピアノを弾けなくなった由仁が、ピアノの前にすわって鍵盤を叩くことにびくびくする。

和音に対して投げる言葉にはらはらしてしまう。

由仁が、和音が、今どういう気持ちでいるのか、読み取ることができない。

「和音にもできるよ」

由仁の声は明るかった。

「和音はどこでだってどんどん弾けるんだよ」

由仁が立ち上がって、和音に席を譲る。

ふたごの入れ替わりはごく自然だった。

和音が譜面台に楽譜を載せ、椅子にすわる。

それから、由仁がやったのと同じように、指一本で鍵盤を叩いた。

それは基準音となるラのはずだったのだけど、音の伸びる方向にすうっと景色が開けるのが見えた。





ー 『羊と鋼の森』 宮下奈都 ー




 




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