Nicotto Town


ガラクタ煎兵衛かく語りき


NIPPON RISE


 第二章
 IN THE SKY OF DORAGON KING


  ドラゴンの耳に箭兵衛の声が聞こえたような気がした
  眼下には、いつもの様に青い地球が浮かんでいる
 ノーチャンスの女神が最近頻繁に地球と系外惑星を行き来していることは
  気掛かりだった
  時が来たのかと察しながら、ドラゴンはその両翼をゆっくりと拡げ始めた
  そろそろ帰る時が来たと察した
   箭兵衛が呼んでいる
   漆黒の翼を翻し
 地球の重力圏に捉えられるまでドラゴンは急降下を始めた
    
   龍一はスペインのプラド美術館に着いた。ボスの「快楽の園」を 横目に次の
   部屋へ歩を進めると、彼の曽祖父が聖ジョージに惨殺される瞬間を描いた
  ルーベンスの名作、「聖ゲオルギウスと竜」の大作が正面にあった。
『お久し振りです』龍一は頭を垂れて仏教風に手を合わせた。


     これはルーティンである。次にルーブル美術館のラファエロの絵を前にし、
     曽祖父の兄に再開し、オーストラリアのウェールズ州立美術館では
     エドワード・バーン=ジョーンズによって描かれた
    「龍を退治する聖ゲオルギウス」で父の兄の最期を再確認した。
     旅の途中で購入した数珠が軽やかな(宇宙空間では
     決して発生しないが、地球上では心地良い)音を立て、鎮魂の意を表した。


     他にも残されたいくつもの巡礼を終えて、先祖への供養を終えた龍一は、
     箭兵衛が生息している、日本という海面上の出っ張りの方向に目を据えた。
     『箭兵衛』が呼んでいる。
     『箭兵衛』が自分を、龍を必要としている。
     『そして彼はまだ生きてる』



     次の瞬間に完全に龍化した龍一は最短の北極の上空へと翼を拡げていた。
     箭兵衛と再開する数秒前、日本海を瞬時に渡りきる際に,


     龍一は何故自分が呼ばれたのかをその時半分理解したような気がした。
     滑空している自分の腹の遥か下で、日本海で、その海底で何かが蠢いている。
     『なんだこれは?』
      戦うべき相手を察知する能力において、ドラゴンに優る生命体は存在しない。



     龍は龍一に姿を換えて、日本という名の弧状列島の北側の島に降り立った。
     近くに箭兵衛のヴァイブが感じられる。
     何年ぶりだろう?彼に逢うのは。
     ヴァンアレン帯の庇護の下に、地球という惑星を周回する生態が始まったのは
     そんなに昔のことではない。
     まあ、昔とは言っても、人間と龍との時の流れ方は違うかもしれないが。


    
     龍一が悪臭まみれるファミレスで箭兵衛を発見したのは、
     その土地(北海道)でも稀な程の大雪の深夜だった。
     彼は意識を失ってテーブルに突っ伏していた。
     「箭兵衛!しっかりしろ!起きるんだ!」
      涎が鯰料理の皿の上に滴っていた。
     「うん、母さん?」
     「俺だよ!龍一だよ!」
      一瞬目がゆらめいて、その輝きを取り戻そうとしていた。
     「龍一?」
      目が彷徨っていた。まだ半分しか覚醒していない。



     「あんたは俺を呼んだ!だから来たんだよ!」
      むせ返るほどの悪臭の中で、箭兵衛は龍一の目を真正面から見た。     
   


      龍族には古い言い伝えがある。
      「人は2種類いる。信じられるもの、そして信じられないもの」
      龍一の眼を必死に探る箭兵衛の目の動きを、彼は本能で感じることができた。
      情報察知能力の雄であるドラゴンは、
      既に次に箭兵衛の発する言葉を確信していた。




      「久しぶりだな、龍一。もう、見てきたんだろう?」
       そう言った箭兵衛の声に龍一は微笑みながら安心し、思わず本来の自分の姿に
       戻りかけようとする己をなんとか抑えた。
      「ああ、日本海だ」
      「鯰か?」
      「その通りだ」

       他に無人のファミレスで配膳ロボットは既に待機スペースに 格納されて
       充電モードに入っていた。
       誰が鯰料理を調理したのかは永遠の謎である。





     そのさまをノーチャンスの女神はアステロイドの外側を廻っている
     異空間製シリカ石天幕付きテラスで見ていた。
     くつろぎながら、エーテル補助剤のグラスを傾け、優雅に監視していた。
 
     あんた達のような単なる生命体にすぎないものが活動している、蠢いている、
     そんな醒めた視線で。「おぞましい、あなた達に一体何ができるかしら」
     ノーチャンスの女神は実は根に持つタイプだったのだ。


     ♪ TOTO 「St. George And The Dragon」   





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