南の魔女クレア69
- カテゴリ:自作小説
- 2021/12/21 15:02:32
其の前日からクレアは色々な種類のクッキーを焼いた。
自分が持って行く分を取り分けると残りをマドレとカリドとアクレに其々を綺麗にラッピングして渡して早朝に出発した。
シドリアル国コウアニ地方南端の渓谷沿いにひたすらそって登って行って暫くするとうっそうと茂った場所にでました。その横に細い獣道の様な道ができているが良くみると石畳だったのが解ります。
何時の時代の人が作った道なのかは解らないが歩きやすいので助かりました。暫くすると3人組のにぎやかな女の人達が前の方を歩いているのが見えました。おしゃべりに夢中になっているのかクレアには一向に気が付かないようでした。横に広がって歩いている為にクレアは追い越そうと思っても追い越せないで困っていると一人が其れに気が付いてもう一人に相槌を打って道を譲ってくれました。クレアが軽く会釈をして通り過ごしても3人は無反応でしたがクレアとの距離が少し出るとまたにぎやかに話始めました。
リヤド農場から村に行く道の途中にとてもきれいな花畑の様な所が在って其の脇道に一本大きな道があった様な気がします。其の道が此の温泉への道に繋がっているのだろうかとクレアは考えながらも其の道女だけでも安全に来れる道になっているのだろうかと思いました。
クレアが尚も歩き続けると「温泉へ」の道案内の看板がありました。其の向い側にも同じ大きさの看板があって宿屋の宣伝の様です。季節の山菜と季節のキノコ料理と書いてあります。
その傍に迎え合わせの太くない丸太を半分に切って皮側を上にして足を付けただけのベンチが二本ありました。クレアは其の1本に腰を掛けてカバンからクッキーを出して食べ始めました。
しばらくすると追い越した3人組の女の子達が追い付いてきてもう1本の丸太のベンチに座ってにぎやかにお喋りを始めました。クレアは持ってきたクッキーをすすめました。女達は「ありがとうございます」と言ってクッキーの入れた袋の中から好みのクッキーを探して一つづつ取るとお互いのクッキーを確かめ合いながら食べ始めました。
そして其々のクッキーに興味を持ってどんな味かをワイワイ言ってます。ココアの味がしたとかナッツがはいっているとか自分が食べているクッキーの味の説明をしてます。
聞けばシドリアルから来たのではなく宿屋で働いていて山菜取りに山に来た帰りだと言います。
何故クレアはこんな質問が出たのかは自分でも解らないのですが「今、幸せですか?」と聞いてしまいました。
キョトンとしている3人に慌てて「楽しそうに見えたから」と唐突に可笑しな質問をした言い訳の様に言ってしまいました。
3人は顔を見合わせて「ふつう」と一人の女の子が言うと「私も普通かな」と言い最後の一人の子も頷きました。
「此れから私達宿屋にかえりますけど一緒に来ますか?」と一人のリーダー格の様な女の人が言いました。
クレアは首を振って此の上の道を行くからと言いました。「あっ、近道ですね。険しいので足元に気を付けて行って下さい。」と言うと3人は「クッキーごちそうさまでした」と言うとまた楽しそうに何かを話しながら言ってしまいました。
クレアは持ってきた水を飲むと立ち上がりゆっくりと歩き始めました。「温泉へ」と書いてある看板を通り過ぎて本当に険しい道を黙々と上がり続けました。
すると今度は小さな道標があって「温泉→」と書いてあります。「ああっ・・。」と言うとクレアは其の道標の下に座り込みました。此処が本当の分かれ道なのだと思いました。
人生の分かれ道でもあります。
もう豪華な秘密の宿屋に興味はありません。其処に止まるお金も持たされてないのですから。でも普通の幸せ位願ってもよいのではないでしょうか?
今まで普通の幸せと感じた事があるのだろうか?クレアは普通の日常の感じる風景を想像しました。
優しい働き者の夫が居て子供がいて都会の中の角の一角にある大きくもなく小さくも無いアパートで子供の成長を見ながら夫の帰りを待つ生活。
クレアが夫や子供達が大好きな食事を作って夫を待つ生活。そんな普通の生活を願う事は悪い事なのだろうか?其れは非道な事なのだろうか?
今、此の「温泉→」の道標に従って言って豪華な宿屋を通り過ぎて温泉も通り過ぎてクロラルド国でひっそりと普通の生活をする事を願う事が非道の事なのだろうか?
クレアはずるずると道標に縋りつきながらへたり込むと目から涙が止まりません。誰が私にこんな魔力何て持たせたのだ。
普通の生活、普通の幸せを願う事も許されない人生を誰が私に与えたのか。親が子供に普通の幸せを送る事を望まないのだろうか?
私の親は何故養護園に私を捨てたのだろう。捨てられた「生き物」は「普通の幸せ」を願ってはいけないのだろうか?血がつながっている親子とか兄弟とか姉妹とかはどんな感じなのだろう。其の人達が傍にいる生活ってどんなのだろう。
少し日が陰ってきました。急がないと洞窟についても洞窟の中の水を照らす僅かな光が見えなくなります。
クレアは其の道標と反対の道をすすみはじめした。
あっと気が付いた時にはクレアは揺れる石に足を取られて滑り落ちました。いや正確には転んだという表現が良いでしょう。立ち上がると足首をねんざした様です。
捻挫した足をひき釣りながら歩き続けると洞窟がありました。
とても此の足の状態で成功するとは思えません。クレアは此処で死ぬんだなと思いました。
クレアは成功しないと思いながら無表情で足を引きずりながら僅かな入り口の光が挿した暗い洞窟を進むと以外に早く洞窟の端っこらしき所について確かに崖になっていて底を覗くと水が底にあるのが見えます。
成功はしないとだろうとクレアは思いました。
せめて本当のお母さんと話したかったなぁとクレアは思いました。何故私を養護園に入れたのかを理由を聞きたかったと思いました。
自分の子供を産みたかったとクレアは思いました。自分の子供を産んで育てる生活、普通の幸せ、愛する人との普通の生活をしてみたかったとクレアは思いました。
クレアは「はぁ~」と一つ深いため息をつきました。したのはっきり見えていた水が次第に暗くなっていきます。日が陰って来たのでしょう。
死ぬだろうなぁとクレアは思いました。
でもあの少年達は其れを毎日何回もやって立った一匹の小さなタコを捕まえる為に命をかけているのです。
毎年大人も含めて何人かの死者が出ています。
其れでもあの子供達は一旦海に飛び込んで更に深く深く体を手で漕いで沈めて行って息を堪えてタコを探して死ぬギリギリまで頑張って海の上に顔を出してまた海に潜って行くのです。
其れの1回をクレアはすれば良いだけです。どうせクレアを待っている愛する幸せな家庭等無いのです。クレアを抱きしめてくれる腕も胸も無いのです。
クレアは崖の淵に立ちました。息を整えるとカリドが教えてくれた通りに両手を上にまっすぐに上げて手の平を合わせました。
此れが水の抵抗を一番少なくして深く潜って行く体制だそうです。クレアは大きく息を吸い込むと息を止めました。其のままゆっくりと体をまっすぐにしてクレアは小さな水の的に向かって頭から体を落としました。
水の中に入ったのをクレアは感じました。ある程度沈むともう沈まなくなったので手で漕いで深く沈むと一匹の龍が寄ってきました。