乳母
- カテゴリ:家庭
- 2021/10/30 11:52:37
キップは乳母を愛し、乳母もそれを知っていた。
だが、キップが乳母に慰めを返したのは一度しかない。
それは、乳母の母親が死んだとき。
キップは乳母の部屋に忍び込み、急に年老いたその体を抱きしめた。
小さな召使い部屋で嘆く乳母に、横になって黙って寄り添った。
乳母は激しく、だが作法にのっとって泣いた。
顔に小さなガラスのコップを当て、流れる涙をそこに集めていた。
それは葬式にもっていく涙。
キップは、丸くうずくまる女の後ろに立ち、九歳の小さな手で肩に触れた。
ー 『イギリス人の患者』 マイケル・オンダーチェ ー