Nicotto Town


人に優しく


美しいがな


自分を醜いと信じているこの少女は、咄嗟の間に、いつも抑えつけていたいちばん心の底からの質問を、それもこの若者にむかってしか決してしなかったであろう質問を、思いがけず口走った。

「新治さん、あたし、そんなに醜い?」

「え?」

若者は測りかねた面持でききかえした。

「あたしの顔、そんなに醜い?」

千代子は暁闇が自分の顔を護って、ほんの少しでも美しく見えることをねがった。

しかし海の東のほうは、心なしかすでに白んでいた。

新治の返答は即座であった。

彼は急いでいたので、おそすぎる返事が少女の心を傷つける事態から免かれた。

「なあに、美しいがな」と彼は片手を艫にかけ、片足ははや躍動して、舟に跳び移ろうとしながら云った。

「美しいがな!」

新治がお世辞を云えない男だということは誰しも知っている。

ただ彼は急場の質問に、急場の適切な返事で答えたのである。

舟がうごきだした。

彼は遠ざかる舟から快活に手を振った。

そうして岸には幸福な少女が残った。





ー 『潮騒』 三島由紀夫 ー




 




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