Nicotto Town


人に優しく


可哀そう


野々村はもう泣かなかった。

「僕は妹が可哀そうで仕方がなかった。しかし死んでしまえば人間は実に楽なものだと僕は思って、心をなぐさめている。妹は本当に成仏したのだと思っている。いくら可哀そうに思っても、妹には通じないが、実に可哀そうなのは生き残った人間で、死んだものは、もうあらゆることから解放されたものだ。僕はそう思うことで、妹は今は不幸でも悲しんでもいないと思っている。だが人生にどうして死という馬鹿なものがあるのか、僕は本当に腹を立てたり、悲しんだりするのも事実だ。しかしそれは生き残ったものの心理で、死んだものの心理とは思わない」

野々村はそうきっぱり言った。

「だから妹はもう可哀そうではないと僕は信じている」

「君の言う事は本当だろう。だが僕は夏子が可哀そうで可哀そうで仕方のないのも事実だ」

僕はそう言った。

「そうだ、君は生きているのだから」





ー 『愛と死』 武者小路実篤 ー




 




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