かけがえのない人
- カテゴリ:恋愛
- 2021/09/18 07:28:00
窓を開ける。
八階です。
私たちの目の前にモスクワの街が広がっている。
空に花火のブーケがいきおいよく舞い上がる。
「すばらしいわ!」
「きみにモスクワを見せてあげるって約束しただろ。そして、祝日には一生きみに花を贈るって約束もしたよ」
ふりむくと、彼は枕のしたから三本のカーネーションを取りだしている。
看護婦さんにお金をわたして買ってきてもらったのです。
かけよってキスをしました。
「私のかけがえのない人。愛してるわ」
彼はぶつぶついう。
「きみはお医者さんになんていわれてるの? ぼくに抱きついちゃいけない。キスもだめなんだよ!」
彼を抱くことは許されていませんでした。
でも私は、彼を抱き起こしたりすわらせたり、シーツを取り替えたり、体温計を入れてあげたり、便器を運んだりしていました。
だれもなにもいいませんでした。
ー 『チェルノブイリの祈り』 スベトラーナ・アレクシエービッチ ー