小説『密やかな結晶』
- カテゴリ:小説/詩
- 2021/08/14 08:26:24
小川洋子 著
『密やかな結晶』を読みました。
次はどの小説を読もうかと
候補が思い浮かばないときには
しばしばネットで
小川作品の数々をながめてみます。
これまで読んできたどの著作にも
激情を呼び起こす類のものはないのだけれど
静謐で厳かな世界が広がっていて
またそれに浸ってみるのもいいかなと思うのです。
けれど本書は
全米図書賞翻訳部門と
ブッカー国際賞の
最終候補作ということで
半ばミーハー気分で購入しました。
人々の「物」に対する記憶が
定期的に少しずつ消滅していく島で
小説家の女性が
記憶が消えない編集者の男性を
秘密警察の「記憶狩り」から守ろうとするいう話で。
多くの島民と同様に
「物」とそれにまつわる記憶が
消えていくことに戸惑いつつも
自然の成りゆきだからと
受け入れる主人公と
主人公に抵抗を試みるよう
真摯に訴えつづける
編集者とのやりとりが
物語の軸になっていて
読みすすむにつれ
現実に起こった
そして現在も
どこかで進行しているかもしれない
おそろしい出来事を
思い浮かべずにはいられませんでした。
珠玉の表現で綴られる
うら寂しい冬景色に包まれた島での
男女の慎ましいラブストーリーは
情感にあふれていて胸を打ちます。
けれどそれをかたちづくる
あらゆるエピソードには
あらゆる寓意が潜んでいて
それらを掬いあげて
じっくり嚙みしめたいという欲求と
先が気になるので
どんどん読みすすめたいという欲求とが
しょっちゅうケンカをしたのでした。
突拍子もない舞台設定でありながら
人間の本質に触れ
人間の尊厳を訴えかける
すばらしい作品だと思います。
何年かしたら再読してみたいです。
米国で映画化されるみたいなので
そちらも楽しみです。
でもできれば、忘れたいことと忘れたくないことを
自分で選択できればもっといいのですけど。
映画化されるとなったら、また違う観点で描かれるかもしれないし、
どんな風になるのか楽しみが増えますね^^
SF系の作品はそういう暗喩ありますよね。
記憶が生きることに対してどういう正負に作用してると捉えているのか、気になりますね~。
PS.前も書いたかもしれませんが小川さん原作の映画「博士の愛した数式」は傑作でした。
記憶が消えていく小説家、
その人が書いた作品とはどうなっていくのでしょうかね。
読んでみたくなりました。
ただそれが真実であるか虚構であるか、
はたまた現実であるか作られたものであるか
ということになると
僕はいつも困惑してしまいます。
記憶が時に癒えることのない傷を呼び覚まし
必要以上にその人自身を傷つけてしまうこともあるからです。
真実や現実と真っ直ぐに向き合う強さを持てればいいのですが。