崇拝
- カテゴリ:恋愛
- 2021/06/12 08:27:55
彼女はくるりと向うをむいて、窓にもたれた。
「ほんとに、わたし、そんな女じゃないの。わたし知っててよ、あなたがわたしのことを、悪く思ってらっしゃることぐらい」
「僕が?」
「そう、あなたが……あなたがよ」
「僕が?」と、わたしは悲しげに繰返した。
そしてわたしの胸は、うち克つことのできない名状すべからざる陶酔にいざなわれて、あやしく震え始めた。
「この僕が? いいえ信じて下さい、ジナイーダ・アレクサンドロヴナ、あなたがたとえ、どんなことをなさろうと、たとえどんなに僕がいじめられたろうと、僕は一生涯あなたを愛します、崇拝します」
彼女はすばやくわたしの方へ向き直って、両手を大きくひろげると、わたしの頭を抱きしめて、熱いキスをわたしに与えた。
ー 『はつ恋』 イワン・ツルゲーネフ ー