3/4 キラキラと4択
- カテゴリ:タウン
- 2021/03/04 02:20:48
仮想タウンでキラキラを集めました。
2021/03/04
集めた場所 | 個数 |
---|---|
自然広場 | 10 |
ニコット山 | 7 |
4択 「ぶどう」
キラキラ 「自然広場」 花壇の右上角
「ニコット山」 左の道突き当りの街灯
4択 「山梨」といえば? → ぶどう
山梨といえば??
それは勿論 もふもふさんに決まっているでしょう!!
もふもふさん お誕生日 おめでとーーー!!ございます!!
流石ボス。
この4択を引きますかーーー!
じゃぁここで山梨について学習しよう!
山梨県は島国日本にあって海に面しない数少ない県であり、面積は全国32位にありつつ、そのほとんどは山岳地帯で可住地面積は全国45位だ(・・ぶっちぎり最下位は奈良県だ)。
「山梨」の県名は律令制下の甲斐四郡の一つである「山梨郡」に由来。県名は1871年(明治4年)7月の廃藩置県に際して旧甲斐国一国が甲府県を経て「山梨県」に改称された。
しかし山梨郡は甲府があるとはいえ一地方に過ぎず、何故その名前に改名したのかは謎とされている。
明治新政府による維新前の藩との断絶を意図しているとも言われている。
「山梨」という地名で県を表すのに慣れていなかった為、政治団体や機関紙では「峡中」が用いられた。
調べてみると「峡中」は甲府盆地の西半分に位置する地域だが、位置的にも経済的にも「峡(甲斐)の中央」であり、江戸時代から甲斐国全体のことを指す言葉として使われていたらしい。
旧石器時代の遺跡も多く分布し、古くから人が定着していたことが伺える。
縄文、弥生の遺跡も多く、宮の前遺跡には水田あとも見られる。
4世紀に機内にできた大和朝廷と古くから交流を持ち、皇族のみが許される前方後円墳や、その副葬品である三角縁神獣鏡なども発掘されていることから、皇族、もしくは親しく交流をもっていた人が土地を治めていた可能性が高い。
古事記、日本書紀においては足柄山から甲斐国に入ったヤマトタケルが酒折宮(甲府市酒折)において老人と歌を交わす説話が残されている。
『続日本紀』においては甲斐国司の田辺史広足が黒毛の駿馬を朝廷に献上したという「甲斐の黒駒」に関する説話が記されている。
古くから馬の名産地として名を馳せていた。
それが戦国の甲斐の武田信玄の騎馬隊までつながっていくのかもしれない。
江戸時代から養蚕業・製糸が盛んであったが、戦後は廃れ、しかし山にはばまれ重工業が導入しにくい土地柄であった。
中央自動車道の開通と共に精密機械産業が発達した。
石英(水晶)の採掘地であったことから研磨宝飾業が発達しており、携わる企業は1000社近くに及ぶ。
関東に近い立地でありながら水源地として名高く、ミネラルウォーターの生産量は日本の4割を占める。
また、寒暖差のある気候を利用してのさくらんぼやぶどう、その加工のワインなど、高級志向品も多く生産している。
実は外食産業が多いことが特徴の山梨県。
人口あたりの寿司屋、ガスト、バーミヤン、モスバーガーの店舗数は全国一位である。
山梨県のケーブルテレビ普及率も2012年時点で86%と全国一位である。
しかし、バス利用率は全国で下から2番めだ。
マイカーで移動し、外食したり、豊かな自然を見たり、寒くて暑い~~といいながら美味しい果物を食べる。
そんなもふもふさんの生活の一端が覗けるのではないだろうか??
ぼす!!お誕生日おめでーーとーーーううう!!
大体そんな感じだな。
近くのコンビニに行くにも車で行く、それが山梨県民さ。
最近、黒岩重吾のヤマトタケルの本よんだよ。
最後のあとがきに、ヤマトタケルは実在しなかったのが主流の学説だとか書いてあって、エーって思ったところ。
こんなに何冊も読ませておいてそれ~?みたいな。
でもずいぶん前に書かれた本だし、本当のところはどうなんだろ。
ヤマトタケルが酒折の宮に来たってのは、山梨県民の心の支え(大げさ)なんだけどな。
それにしてもボスって…せめて「陰の」をつけておくれ(笑)。
でも、いつもありがとうね。
もふさんおめでとう!