記憶のお話
- カテゴリ:日記
- 2021/02/23 07:51:46
私には大分昔の記憶で絶対に忘れないと決めていたものがありました。
例えどれだけ経っても、自分しか覚えていなかったとしても、
生きている間、まあもし生まれ変わりのようなものがあったとしても
忘れないでいようと思う位に強く強く念じるように思っていたことでした。
そう決めてからずっと何度もその記憶を思い出していました。
いつでも思い出そうと思ったときには、当たり前の様に簡単に、すぐにその時に感覚や感じた気持ち、細かな光景もその時のままに思い出して感じることができました。
ずっと、ずーっとそれを繰り返すことができて、
とても長い時間が経って。
それでも思い出せました。
記憶は薄れていくというけど、自分の記憶は絶対に忘れないと思っていれば、きっとずっと薄れないと思っていました。
それが二年くらい前のある日、
いつもの様にその記憶を思い出そうとしたら、初めて感覚が薄れていることに気が付きました。
そんなはずはないと何度か思い出そうと試しましたが、やっぱり以前当たり前にできた様なありありとした鮮明な感じにはできなくなってしまいました。
最初はびっくりして、そんなはずはないと、何度も以前と同じように思い出そうと試しましたが、何度試してもやはり薄れているのに気が付きました。
そうやって以前の様にありありと思い出せないことが続いて、しばらくして、
やっとこの記憶がもう薄れてもいいと、もしかしたら私の中で変わったからなのかもしれないなと思いました。
手放してもいい記憶になったのかも。
大事にしたい記憶でもあったから薄れてしまうのは寂しい気持ちも強かったし、
忘れないと決めたのにはっきりと思い出せなくなってなんだか悲しいけど、
これからも自分が生きていくのに必要かと言えば、
多分もうそれにこだわることはなくなってきた、重要性が薄れてくれたのかもしれないなと。
記憶のことをとある本で読んだのですが、
実はそのままに思い出せるというけれど、
本当の所はその都度記憶を再構成しているんだそうです。
いくつかの項目で貯蔵されている所が違って、
それらがつながり合ってまとめられて記憶として思い出すのだったと思います。
なので、その時々で違っていたり、同じことを一緒にした記憶でもその人によって違ったりするのはそのせいなのかな。
書き換えてしまったりするんでしょうね。
(この説は結構前に読んだので、今はもしかして違っていたらすみません(^^;)
私は本当にその時のままの様に思い出せていたので、これを知ったときとてもショックでしたが、たとえ再構成説が本当でも私の記憶はそのままに限りなく近いわと思いこんでいたい位でした。
今はもう感覚は薄れて、その時の気持ちが思い出されるようになってきました。
やっぱり寂しい気持ちもあるんですが、
長く生きていくというのは、過去の事を少し忘れたり、新しいことを受け入れたりすることなのかもしれないですね。
ずっと存在感を持って居座ってくれていた記憶が薄れたことで、きっと空きスペースができたはず。この場所にまた新しい思い出や感覚を刻んでいけたらいいなと思うようになりました(#^^#)
皆さんにも忘れられない、忘れたくない記憶はありますか。
そうなのは何か理由があるのかな・・・。
たくさんの楽しい思い出でを空きスペースに埋めていけたらいいですねぇ(*^^*)
薄れてしまった思い出も覚えている限り大事にしたらいいと思います。
私の記憶は 紐づけの紐がどんどん 溶けてくような毎日ですw
ある意味幸せって 単調だから 脳に刺激がないのかなナンテ思っちゃいます
日記を読みながら、ころねちゃんの気持ちはもう前へ進んでいるんだなぁって感じたよぉ
空きスペースにもっと素敵なことが詰まっていくと思うよぉ~♪
ちょっとそれちゃうけど、りんごの場合は、忘れないでいようと思ったことはないのだけど、なぜか中学生のときの担任の言葉「別れは出会いの始まり」を春になると思いだすよぉ(*´艸`*)
深い思いがいっぱいですね・・
きっと空きスペースができて余裕があるのなら幸せだと思います。
夏子も薄れて行く記憶もふとしたことでまた思い出すこともある気がするし
これからの未来にプラスに働くように、変わっていけるのも自分次第だと思います。
ちょこころねちゃんの未来は自分で増やしていく大切なページ♡
きっと素晴らしい方向に進めるように願っています。
忘れたくない記憶があるのは大切で素晴らしいことなのだと思っています。