『麒麟がくる』最終回を語りましょう^^
- カテゴリ:テレビ
- 2021/02/07 22:50:14
はぁ~○| ̄|_ 終わってしまいました『麒麟がくる』。
個人的には最後の10分ほどは必要なかったような気がします。
山崎の合戦と光秀の死(?)がナレーションで処理されるくらいなら
本能寺の変までで終わってもよかったような^^;
それくらい、本能寺での信長と光秀は見ごたえがありました!
光秀は本能寺の門前に駒を止めてじっと動かず、
信長は白い寝間着を徐々に朱に染めながら応戦します。
このとき、お互いがお互いの思い出を走馬灯のように脳裏に浮かべているという
演出にはぐっと来るものがありました。
このドラマは信長と光秀のラブロマンスだったのだなと確信しました^^
さて、この最終回およびその結末については語りたいと思われる方が多いと思います。
例によって私の本家ブログに語り場を設けますので、是非そちらで語り合いましょう♪
こちらからどうぞ。
↓
http://wakabanonikki-2nd.cocolog-nifty.com/blog/2021/02/post-ae8485.html
コメントありがとうございます♪
>総集編
そうなんですよ。
溜まっていた録画を消化してやっと4時間半の空きを確保したところです。
ナレーションが帰蝶さまということで、彼女の十兵衛への想いや信長への愛情の変遷も
語られるのではないかと期待しています。
お友達からの情報によると、以前の「直虎」(だったかな?)の総集編では
本編では放映されなかったカットも入っていたそうなので、
「麒麟」でももしかしたら?と、楽しみにしているところです♪^^
ナレーションは帰蝶さま~。
大変でしたね!
ずいぶん長い揺れだったそうで、怖かったことでしょう。
しばらくは余震にもお気をつけて。
書き込みは落ち着かれてからゆっくりと^^b
地震で飛び起きました。
大きかったし長かったです。
夜だから余計かもしれません。
わかばさんのコメに返信したいのですが、地震で起きてニュース見てたら、この時間。
今になって眠くなってきてますw^^;
脳味噌の働きが鈍くなってきているので改めて書かせてください。
単純に楽しめる娯楽作品、というよりも
様々な事を考えさせられるドラマだったと思っています!!
こんばんは^^
大丈夫です。ありがとうございます^^b
歌舞伎やTVドラマや小説などは、悪玉善玉がはっきり決まっているほうが
わかりやすいし楽しいですからね~^^
ぐじゃぐじゃした日常生活のうっぷん晴らしとして娯楽はあるわけで、
それはそれで良いのだと思います。
ヒールになってしまった方々にはお気の毒ですけれども^^;
>松永久秀
戦国の梟雄として名をはせていますが、このドラマで印象が変わりました^^
信長を裏切るのも無理ないかな、とも思えました。
歴史上の人物にしろ、私たちが日ごろつきあっている市井の人たちにしろ、
絶対的な悪人や善人はいないのでしょう。
平和な世を作るために戦争という人殺しをするのは善人か悪人か?と言ったら
答は出しづらいですよね(まぁ私は悪だと思っていますけれども)。
情報が多すぎて何を信用してよいのかわからない世の中ですが、
結局、全体として良い方向に行けそうかどうかを個人個人で判断するしかないのでは
と思います。
全体として公平な世界になりそうか?
弱者を救済する手立てはあるか?
特権階級にだけ有利な世界ではないのか?
そして、為政者にそういうことを実現できる信念はあるか?
私はそういうことを判断の基準にしているように思います。
われらがBJ先生もおっしゃっているように「(絶対的な)正義なんてものはない」のでしょう。
日々、問題意識を持ち続けて一人ひとりが考えていけば、
それぞれの人の心の中にそれなりの信念が生まれてくるのでは?と思っています。
↑ずいぶんエラそーなことを書きましたが^^;
このドラマはそんなことまで思わせてくれた傑作でしたね♪
大丈夫ですか?
うたた寝して風邪などひきませんよう、お気を付けて下さいね❤
「吉良上野介=悪役」は歌舞伎のせいもありそうです。
「鮒じゃ、鮒じゃ、鮒侍じゃぁ~」←違ったらごめんなさい^^;と、あのメイクで言うのですから
判官贔屓の日本人としては「吉良憎し」となるのも致し方なかったのかもしれません。
信長ファンのわかばさんならご存知と思いますが
信長には優しい面もありましたし、
戦地から、浮気ばかりの秀吉の奥様(おね)に手紙を送ったりしていますよね。
「(おねは)あんな禿ネズミにはもったいない嫁」とかw
本当に「禿ネズミ」と言っていたのですねw
松永久秀には2回も裏切り(と言っていいのかどうか)にあっていますが
最初の裏切りを許して再び家臣にしていたり…。
暴君のイメージもありますが、それだけではなかったのではないかと思います。
解らない面が多いからこそ、色んな作家や脚本家が描く度に違う物語になっていきます。
それが歴史ドラマや映画、小説の面白さですよね。
視点をどこに置くのか、どこに光を当てるのかで見え方は全然違ってしまいます。
私達も物事の一面だけでなく、他の視点からも見ることが大切なのかな~…と。
今は情報が溢れているので、それらに踊らされている気がします。
どれが本物なのか見極める力も必要なのかも…でも、それが全く無い私…orz
ドラマなら楽しんで終れますが現実はなかなか…
何かまた頭グルグルになるので終わりにします><;
「麒麟がくる」はホントに説得力あるドラマだったと思います!!
友達のお嬢さんは光秀贔屓になったとかw
こんばんは^^ うたた寝してしまったため夜中にログイン中です^^;
光秀にしろ吉良上野介にしろ、意図的に悪者にされてしまったのかもしれませんね。
領地では善政を布いて領民に慕われていたことは想像に難くありません。
領民に背かれれば自分の首を絞めることになりますから。
結局、歴史は……というか闘争の歴史は武士の政治的な思惑、権力闘争でしかなくて
それは歴史のほんの一側面にしか過ぎないのでしょう。
その権力闘争の一つであるはずの本能寺の変にしても、その原因については決定打が
定まっていないというところに、歴史の面白さを感じますね。奥深いです。
今回のドラマでは人間光秀を描くことでこういう結末になったけれど、
異なる脚本家が描けばまた全然違う結末になったのでしょう。
人を足蹴にするような狂暴な信長も、それには深い事情と思いがあったのかも。
このドラマではそれは幼児性という形で表現されていましたけれどもね。
>誰も本当のことは知らないのですから (*^∀゚)ъ
確かに!
私もこのドラマで光秀に対する印象が変わりました。
(というか、今までほとんど知らなかったのですけどね^^;)
そんな私に、さもありなん!と思わせてくれるだけの力が、
このドラマにはありましたね~。(しみじみ)
「麒麟がくる」効果で光秀についての印象もかなり変わったのではないでしょうか?
実際、丹波では善政を布いていた(この漢字ではなかったかも?!)と言われています。
今も大切に祀られているところもあるようです。
本能寺の変の原因と言われる説も沢山ありますが、決定打と言える程のものは未だ無いのかもしれません。
ルイス・フロイスの書いた文書の中に
「信長が家来を足蹴にすることもあったようだ」みたいな表現はあるようです。
ただ光秀だけにそうしていたとは思いにくい所もあります。
家康の饗応役で魚が腐っていたという説も今は否定的らしいですし
黒幕説も色々あるようですが、どれもありそうで無いような。
ここは、想像(妄想)を膨らませてファンタジーでもいいのではないかと思います!!
誰も本当のことは知らないのですから (*^∀゚)ъ
こんばんは^^
本能寺の変がなぜ起きたのか? 光秀は本当に死んだのか? というミステリーについて
様々な説がある中で、どれか一つ、どっちか一つしか正解はないのだという姿勢は
取りたくなかったのでしょうね、制作側は。
謎は謎のまま置いておきたかったのかも。
正解は視聴者それぞれが考えてください、と。
まあ!何というファンタジー!\(^o^)/
こういうコンセプトの大河ドラマって今までなかったような気がします。
「義経」も自害まで描かずにモンゴルを馬で駆けるラストシーンだったら、
今回と同じようになったかもしれませんね。←まだ言ってる^^;
妄想ばんざ~い!\(^o^)/
ラストシーン、僧形の光秀ですか~☆☆☆
そうなると生き延びて天海となり家康と…という説を取りました!
とほぼ断言したと捉えられますよね。
そこまでハッキリさせたくなかったのかもしれません。
耳元でwww
全部妄想ですから~~~~~(〃ノωノ)
コメントありがとうございます^^
あっはっは(*´∀`*) オンエア後に書き直されていましたか。
芸能関係記事には特に情報源不明の飛ばし記事が多いですね。
どういう意図があって書かれるのかわかりませんが、話半分で読むのが正解かも^^v
いや~、最終回予想は楽しかったですね~♪
我々(あえてこう書きます^^)には、信長と光秀が麒麟に乗っている映像が
ありありと見えましたもんね!<(`^´)>どんなもんだい!
戦国最大のクーデター本能寺の変にどんなファンタジー見てたんだという感じですが^^;
あれくらい各人を克明に描写してくれると、厳然たる歴史的事実も
一人ひとりが懸命に生きた証なのだという、血の通った人間ドラマになるのですねぇ。
結果のわかっている事件を、全国の視聴者みんなが「どう描かれるのか」という興味で
ハラハラドキドキしながら観ていたのですねぇ。
私は大河ドラマは気になったものしか観ませんが、今回ばかりは観ていてよかったと思いました。
如月さんと同様、これほど気になった最終回はありませんでしたよ♪^^
ラストシーンに関して、ハセヒロさんは僧形で現れてはどうかと提案されたとか?
だから制作側としては明らかに天海説だったのですね。
光秀には徳川の御世にまで生き残ってちゃんと麒麟を見てもらいたいものです^^
……いいなあ、耳元でささやいてもらって…(´▽`*)
今、見て読んでビックリ!!
きちんと最終回の様子が書かれていましたね。
観た後なら書き直しますよねw
私が読んだ時には信長から「家康を殺せ」と命令される、とありました。
その後の本能寺の変→山崎の戦いで光秀は秀吉に敗れ
秀吉が麒麟を呼んでくる
とありましたので、そりゃーいくらなんでもあり得ないでしょ、とムッとしたのです^^;
この作品の中で光秀は秀吉を見限っていたのですから。
でも、その時(1週間前)には、そのように予想なさったということなのでしょうね。
私の予想、麒麟はどうやって現れるのか、はファンタジーが入ってましたからねーw
お恥ずかしいですが、今までの大河ドラマで最終回の展開がこれほど気になったのは初めてでした。
今迄も大河は観てきていますが、大抵はどうなるかは解っていることなので
どんな風に描くのかな?という期待はあっても
今作のように最終回が見えなくて視聴者(あえてw私だけじゃないはずだもんw)の想像・妄想膨らみまくりにさせたのも初めてでは?
あのラストシーンには…なんというか…耳元で「これから天海になるからね♪」を囁かれたような気分です(笑)
こんばんは^^
ナナミちゃん「オファー来てないんだけど、どゆこと?」って不満そうでしたもんね^^
ハセヒロさんが「番外編がある」っておっしゃってましたから、出演は決定的でしょう^^
脱力系麒麟もいいかもしれません♪^m^
こんばんは^^
さらに1日たちましたが、まだネット上では「本能寺よかった」「生きててよかった」的な感想が溢れていますね。とても次の日曜日から次の大河ドラマが始まるとは思えないほど盛り上がっている状況です。やっぱり大河ドラマには年末年始という区切り、インターバルがあったほうがいいのだろうなぁと思います^^
「義経」は観ていましたが、ラストなんかちっとも覚えておりません。今回の光秀の伝で言えば、モンゴルを馬で駆けていくラストシーンでもよかったのかも^m^
>ネタバレ記事
菊丸が大切なメッセージを受け取るというのはやはり「家康にバトン説」でしたね。そして「麒麟を呼んだのは秀吉」というのは明らかに大間違いでした。ドラマの構成からも、現実の日本史からもそれはない。多少なりとも日本史の知識があれば「麒麟を呼んだのは秀吉」とは絶対に言えませんよねぇ┐(´ー`)┌
しかし……。ちょっと冷静になって考えてみると『麒麟がくる』というタイトルだけからも「家康にバトン説」を導き出せたのですよね。徳川三代ばかりもかけてやっと戦のない安定した平和な世の中になったことを我々は知っているわけです。つまり江戸時代にならなければ麒麟がやってこなかったことは自明の理。
「麒麟はどんなふうに現れるのかーー!?」と盛り上がっていたことがちょっと恥ずかしいくらいですが、制作側もこのドラマをどうやって終わらせるかについてはいろいろ迷ったのではないでしょうかね。『麒麟がくる』というタイトルをつけたからには家康、天海を彷彿とさせる終わり方をしなくてはいけない。隠れ麒麟は少しずつその輪郭をはっきりさせてはきましたが、結局最終回まで姿を鮮明にはしませんでした。このドラマでは麒麟は来なかったのですよね。でも次の世に続くのだ、と……。だからおっさん光秀がラストに出てきたのでしょうが、……なんか綱渡り的な、若干ビミョーな演出だったように私には思われます。(←エラそーに^^;)
>「どうする家康」
まずは清州城(でしたかね?)で干し柿を食べていただかなくてはなりませんね^^
脚本家さんも困られるでしょうが、光秀役の役者さんにもプレッシャーは大きいことでしょう。
まあ『麒麟がくる』は大河ドラマ史上いろんな意味で特異な作品だったと思いますので、これはこれとして置いとけばよいと思います。(←エラそーに^^;)
「光秀様に生きていてほしいという駒ちゃんの望みの強さが見せた幻影」
という風に見えなくもないでしょ?…という説明通り…とは、言い難いですw
だって、あの馬、光秀の馬でしたもんね!!
幻影なら、まだ水色の着物を着ていた頃の若い青年光秀でも良かったのです。
あの馬上の姿はオジサ…いや壮年の光秀にしか見えません。
「義経」でしたっけ?滝沢さんが主演の。
あれも最後に義経の幻影が出ますが、それは若い頃の姿でした。
NHK的には、あからさまに「光秀は天海」とは言えないだろうという都合から、
何となくお茶を濁したともいえます。
個人的には生きていてくれて嬉しかったですがw
ドラマ的にはどうなのでしょうか?
とにかく、1番大事なのは「本能寺」の場面であるのだから、その後の山崎の戦い等は必要なかったのかもしれません。
だからナレーションで済ませたのかも…。
そうそう、ネタバレかもの記事ですが
最初の菊丸さんのコメントで「家康にバトン説」に結びついたと思いましたw
もうひとつのネタバレ記事ですが、半分は当たっていて半分は外れていましたね。
どなたが書いた記事なのでしょうか?
この記事で私がガッカリしたのは「麒麟を呼んだのは秀吉」みたいな表現があったからです。
それはないでしょーーーーー!!!
もしも秀吉が麒麟を呼んだというなら、今までの流れや伏線を全部無視した形になります。
外れていたのですから、良かったです。
それにしても、これ以上の「本能寺」は無いのではないかと。
「どうする家康」では、どう描かれるのか…
この先「本能寺の変」を描かねばならない脚本家さん達にはプレッシャーになるのか
発奮材料になるのか、どうなのでしょうね。
思い出すだけで胸が痛む光秀と信長の物語でしたよね…(T-T)
コメントありがとうございます♪
NHKが異例のコメントを発表し、「光秀は生きていたのか、それともあれは
駒ちゃんの見た幻影だったのか、それは視聴者の皆様それぞれで考えてください」
みたいなことを言っていましたね。
いやいや、あのラストシーンは駒ちゃんの幻覚では説明つかないからー!
生きてるじゃん!!!
……と、まあ1日たってもあーだこーだ言っております^^;
如月さんと私で導き出した「天海説はないわぁ~」をあっさり覆してくれましたが^^;
本能寺のシーンは想像通りでした。
とういうか、お二人の熱演で想像以上に切なく忘れられそうにない出来でしたね!
これ以上の本能寺の変は空前絶後かも、ですね^^
ご指摘のとおり、信長はほっとしたのではないかと思います。
「長く眠りたい」と言っていましたもんね。
その引導を渡してくれるのが光秀なら「是非もなし(本望だ!)」だったことでしょう。
究極のラブロマンスでしたね♪
コメントありがとうございます♪
まだ落ち着きませ~ん^^;
信長の死に顔がちらついて…>_<
それくらい、本能寺のシーンは素晴らしかったですね!
初回から観続けていて本当に良かったと思いました。
麒麟を追い続けた光秀と最後にめぐり会った主君・信長との
たどり着くべくしてたどり着いた最終地点があの本能寺でした。
素晴らしかった!……それしか言葉が出てきません^^
続編にはきっと土スタのナナミちゃんが出てくることでしょう^m^
生きてたーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
「まさかのナレ死?!」とボーゼンとした後だっただけに
「えええええええええ?!」な展開でした。
失望したという意味ではありません。
本家を読ませていただきました。
あちらに書いた方が良いのでしょうか?
文字数制限が無いのでしたね?
でもこちらにも少しだけ←いつもの^^;?
本能寺の変に関して言えば、これほど胸が痛む本能寺の変は初めてかも…と思います。
どの大河ドラマでも他の時代劇でも、やはり見せ場のひとつですし
それに信長が主人公の場合は最高のクライマックスな訳です。
それぞれ見応えがあるシーンになるよう作られています。
それらを否定するつもりはありませんが、
今回の「麒麟がくる」は、本能寺の変へ至るまでの心理描写が細やかに描かれてきていたからこその本能寺だったと思います。
信長…嬉しくて哀しくて…でもホッとしたのかもしれない、とも思いました。
ラブロマンス、そうかもしれません。
他の誰も(登場人物という意味です)そうは感じていなかったでしょうけれど
これはふたりにしか解らない、ふたりだけが解っていればいいのだと思います。
私の頭も走馬灯…寝不足ですw
素晴らしかったですね
あまりにもいろいろと衝撃があって、とても言葉にできません
こんなに心を揺さぶられるなんて見始めた頃には思いませんでした
続編、欲しいです
スピンオフでもいいです(>_<。)