Nicotto Town



「アメリカンドリーム」つづき


「渡米」
僕とカーコはロボット工学を勉強するために、カリフォルニア州にある
スタンフォード大学を受験し合格した。
スタンフォード大学の卒業生は、
インターネットの父であるヴィントン・サーフ氏、
元祖ネット企業のヤフー(yahoo)、
ネット検索のグーグル(Google)、
パソコンの画像処理チップ(GPU)最大手のエヌビディア(NVIDIA)、
パソコン・プリンター大手のヒユーレット・パッカード(HP)、
3次元画像処理の元祖シリコングラフィックス(SGI)、
など多くの卒業生が世の中の問題を解決し、社会をより楽しく、豊かにしてくれている。 
工学部の教授の紹介で僕は、作ったCG映画を持ってハリウッドの
ソニーピクチャーズの担当者と会った。
担当者に、映像を読み込んだ DVD を渡した。
後日担当者から 事務所に来るように連絡があった。
事務所に行くと応接室に案内された。
ソニーピクチャーズの重役達と担当が、座っていた。
重役の一人が僕に1000万ドルの予算をつけるから映画を作るようにと言った。
「日本円に直すと10億円を超す予算で、僕が映画を作る」
しばらく僕は声が出なかった。
日本語でぴったりの言葉がある 「青天の霹靂」
まさにこの言葉がぴったりの気持ちだった。
僕は 聞いた。
「僕にそんなことができるのでしょうか」
重役の人は、
「君ならできるよ」 にっこり笑ってそう言った。
隣で担当者もにっこり笑っていた。
僕はこの話を受けることにした。
カーコに、今日あった話をすると、彼女も驚きを隠せなかった。
「それいつからやるの?」
「あなたって本当に素敵人ね」
「あなたといるとびっくりすることがいっぱいあって・・」
彼女は、僕の首に両手を 巻きつけて言った。
「来月台本が、出来上がるのでそれに合わせた CGのまず原案作ってそれから打合せしながら進めていく」
「大変だけどとっても楽しみだ」
「構想は、僕がするけどほとんどの作業はドロシーにやらせるつもり」
「学校の授業もあるしね」
僕は、彼女の腰に手を回して言った。 

母にその話をすると、その映画に投資するといったので、 
ロスアンゼルスまで来てもらって、映画配給会社の担当を紹介した。 
配給会社の担当者も大いに喜んでくれた。 
映画が成功したら母も儲かることになる。 
僕は気合いを入れて制作した。  

母はロサンゼルスに来たついでに ラスベガスへカーコを誘っていった。 
僕は仕事があるので行けなかった。 
二人は本当の親子みたいに楽しくラスベガスをで過ごした。 
母は投資が好きだがギャンブルは嫌いなので、ホテルの施設を利用したり 
いろんなショーをカーコと見て回った。  
映画の内容は、近未来に ロボットたちが反乱起こして人間とロボットが、戦争する物語だった。
そのCGグラフィックスを僕が担当した。
ドロシーはとっても優秀なプログラマーは、順調にどんどん進んでいった。
普通1年以上かかる作業を 僕とドロシーは3ヶ月で完成させた。
出来栄えも担当者から 期待以上のものだと 言ってもらえた。
大学四年間の学費分以上のギャラを貰った。 
映画もヒットしたので 母も、投資が成功して喜んだ。 

映画が封切りされると 僕は、ハリウッドでちょっとした有名人になった。 
仕事のオファーがたくさん来たけど僕は、全て断った。 
大学で勉強したいのとカーコとゆっくり過ごしたかったからだ。 
僕がしたいのは、自分がストーリーを考えた映画を作りたかった。 
ソニーピクチャーズの担当には、 そのことは話してある。 
「構想がまとまったら僕のところに いつでも来てくれ」と言われた 。 

僕たちが住むサンフランシスコは、 
日本のような四季が無く、夏は涼しく冬は暖かい気候である。 
7・8月には名物の霧が発生しやすく、朝夕は冷えこむことがある。
サンフランシスコ半島の先端部に位置し、坂の街として知られている。
アメリカ合衆国で最も優れたレストランが並ぶ美食の街とも言われています。 
地中海性気候で、夏は気温が低く乾燥し、冬は温暖で過ごしやすいのも魅力
坂道を行くケーブルカーやミュニメトロと呼ばれる路面電車に乗って観光も楽しい。
1973年に開通したゴールデン ゲート ブリッジは、 
サンフランシスコとマリン カウンティーを結ぶ吊り橋。
徒歩渡れるので橋の上からの雄大な景色を楽しめます。
カリフォルニアワインといえば、ワイン好きでなくても耳にしたことがあるでしょう。 
ナパ・バレーはその中で最も有名な産地です。 
美しい田園風景の中に佇む魅力的なワイナリーがあります。
僕たちはすっかりこの街が好きになり 
時間を見つけては、観光したり美味しいレストランで食事をした。 

彼女のご両親は僕のことを すっかり気に入ってくれて 
週末に 両親が住む家に招かれて よく食事をした。 
彼女は両親の家と僕の家を 行き来して暮らしている。 
僕は長年友達がいなかったせいで 
コミュニケーション能力が、高いとは言えなかった。 
二人でいるときはほとんど彼女が喋ってた。 
聞かれたことは、丁寧に答えるようにした。 

母は投資で 一日中パソコンの前で仕事をしていたので、 
僕は、母が手を離せない時は、料理を作っていた。 
科学の実験をしてるみたいで料理はとっても楽しい。 
彼女も料理がとっても上手で いつも台所で二人で料理を作った。 

大学で学んだ 知識を注ぎ込んでドロシーは、どんどんバージョンアップしていた。 
時々彼女は、 
「いつもドロシーには話しかけるのに 私にはちっとも話しかけてくれないわね」 
笑いながらやきもちを焼いて言った。
ドロシーは音声認識機能があるのでしゃべると 
僕の言いたいことを理解して処理をしてくれる。 
  
                          つづく




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