Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


【舞踏会】(「契約の龍」SIDE-C)

 三度会場に入ったときは、ちょうどダンスの真っ最中だった。
 踊っている何組かの中に、青いドレスを見つけたが、ずっと目で追うのは困難だった。絶えず移動していて、その軌道も一定ではなく、ほとんどフロア中を動き回っているようだったから。ひきずりまわしているのがどちらなのかは、ちょっと見てとれないが。
「ついに、仮装を放棄されてしまわれましたか」
 センダック卿の声がしたが、どこから聞こえたのかが判らない。辺りを見回していると、「上です、上」と、さらに声がする。見上げてみると、広間に続く階段の上から顔が覗いている。よく見てみると他にも階段の手すりから肘やら袖口やらが覗いている。なるほどあの高さから見れば、奇怪な仮装もそれほど奇怪には見えないかもしれない。しかし。
「そんなとこにいるって事は、踊るのは放棄したって事、ですか?」
「いやあ。これで踊るのは、ちょっと。かなり重いんですよ、これ」
 まあ、確かに見た目からしても重そうだ。…それに動くとうるさそうだし。
「王妃の正礼装は、金糸銀糸の刺繍で、フルアーマーに匹敵する重さだそうだが、一曲きちんと踊りきったぞ?戴冠式の時には」
 そのとき相手を務めたであろう人が、そう言い放つ。むろん、その時の自分の衣裳も同じくらいか、それ以上に重かっただろうが。
「…その重さに耐えられないと、玉座を暖めるのは適わない、という事ですか…肝に銘じておきましょう」
「なにもそう逃げ腰にならずともよいぞ?戴冠式そのものの手順は決められているが、その後の披露の仕方は、いくらでも変えられるのだからな」
「……貴重な情報をありがとうございます、陛下。…ですが、他人にひけらかす以外の場面で、その情報を活用する事がないように願いたいものです」
「随分と回りくどい言い方をするな」
「…短い言葉で言えば、「一日でも長生きしてください、陛下」です」
 やや長い間があった。
「…そうありたい事だな」
 曲が終わり、踊っていた者たちが引き揚げてくる。
「ついに、仮装は放棄されてしまいましたか」
「寮長と同じ事を言う。鬘を被っているのが、見えないか?」
「ここからでは判りませんね。言葉遣いまで戻ってらっしゃるし」
「それで、何か不都合でもあるか?学院で、ならともかく、ここでだったら「仮装」で通るだろうが、これなら」
「誰も、悪いとはいってないでしょう。わざわざ着替える手間をかけて、ご苦労様な事です」
 …労われているようにも、褒められているようにも聞こえないのは、なぜだろう?
「せっかく着替えてらしたのだから、あなたも踊ってらっしゃればよろしいのに。見目麗しいご令嬢が二人もいらっしゃるのだから、どちらでもお選びになれてよ?」
 見目麗しい……かどうかはともかく、アレクは一曲ひっぱりまわされた後だし。
「…ご夫君をお貸し願えますでしょうか?殿下」
「よろしくてよ?でも、こういうものは、本人に申し込むものではなくて?」
 それを回避したいから、わざわざ訊ねたのに。
 目的の人の前に立ち、一つ深呼吸する。そして、胸の高さに手を差し伸べて、言う。
「……よろしければ、わたくしと一曲踊ってはいただけませんか?……お、嬢様」
 温かい大きな掌が、そっと重ねられる。
「…喜んで」
 やろうと思えば、出せるじゃないか。娘っぽい声。…若干の違和感は否めないが。
 フロアに出て、組む段になって、ふと考えた。
「…私がリードを執ってよろしいのでしょうか?」
「どちらでも構わぬよ。王妃に仕込まれておるのであろう?」
「…では、僭越ながら。身長差があるので、ご不自由をおかけするかと思いますが」
 組んでみて後悔した。アレクよりも更に上背があるので、背伸びしないと向こう側が見えない。もう曲は始まっている。
「…どうせならば、さっきの衣裳の時に踊っておくべきだったかな」
 踊り始めて間もなく、父がぽつりとつぶやく。
「母とそっくりなのは、心臓に悪いのではありませんでしたか?」
「言葉は正確に使うべきだったな。ソフィアにそっくりなそなたと、王妃が一緒にいるのを見るのは、心臓に悪い」
「それは…知らずに随分と心臓に悪い事をしてしまいましたでしょうか?」
「…いや。そなたが王妃の着せ替えになってくれている間はそうでもない。あれはああいう風に飾るのを好まぬ娘だったのでな」
 どこか、認識の齟齬があるようだ。母は別にフリルやレースが嫌い、という訳ではなかった。王妃程過剰に好んだ訳ではないが。
「好まなかった訳ではないと思います。ああいった装飾は、ポチ…母が言うところの「ちびちゃん」がまとわりつくのに邪魔なので、あえてそういう飾りをつけなかった、というのではないかと思います」
「…それは、知らなかった。てっきり、ああいったシンプルでゆとりのある服が好みだとばかり…」

#日記広場:自作小説




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