日本百名山 ~BSプレミアム~ ②
- カテゴリ:レジャー/旅行
- 2020/09/04 00:02:54
こんばんは!4日(金)は関東や九州北部、沖縄は晴れる所が多いでしょう。
にわか雨に注意が必要です。その他の地域は雲が多く東海、北陸から中国、四国を
中心に雨の降る所があるでしょう。雷を伴う所もあるようです。
江戸時代から続く街道 雪のようなワタスゲの群落 尾瀬の盟主その頂へ
風薫る 美しき尾瀬 ~ 燧ケ岳 ~ *撮影:7月上旬
前回は燧ケ岳とはどういう山かのご紹介まででした。
今回はその続きから燧ケ岳山頂を目指して行く山旅です。
〇ガイド 城健史(じょうたけし)さん
神奈川出身の城健史さん 尾瀬に魅せられ、6年前、福島県南会津郡桧枝岐村に
移住。ガイドの傍らサンショウウオの漁師や村伝統の曲げわっぱの職人としても
活躍しています。
「燧ケ岳を眺めるのには最高ですね。で、明日はいよいよあの山に登って
行くんですけど、あの山が険しさと優しさを兼ねた二面性がある山だってことが
良く分かるので楽しみにしていてください」
はい、お願いします。
<山旅スケッチ>
ここで山旅スケッチ。
@会津沼田街道
江戸時代、会津沼田街道は福島と群馬を結ぶ交易路でした。
会津からは米や酒、上州沼田からは塩や油などが運ばれました。
@群馬県片品村
この街道と深い繋がりを持つ人がいます。
〇松浦和男さん(80歳)
群馬県片品村でペンションを営む松浦和男さんです。
@松浦さんと愛馬(昭和30年代半ば)
*写真提供:松浦和男
松浦さん「今、馬と一緒に写ってる私の青春時代の私なんですね。あはははは」
〇松浦家(昭和9年)
松浦さんの家は尾瀬に荷物を運ぶ馬方の元締めでした。
松浦さん「中学2年生の時にお父さんが明日、尾瀬、馬曳いて
行ってこないかって?尾瀬行った事ねえしよく分かんね」って
言ったら馬が知ってるから付いてけば尾瀬行くよって
馬に連れられて行ったのが私が初めてなの。
尾瀬の出会いだったです」
最も忙しかったのは昭和30年代、NHKラジオで放送された夏の思い出が
きっかけで尾瀬ブームが到来。全国から人々が押し寄せました。
当時、山小屋に食料などを届ける唯一の手段が馬だったのです。
松浦さん「大変ですねぇ、馬運ぶ時は日帰りです。
雪が消えて降るまでは毎日行っていた。だから今見るとね、
よく馬がこの道を通ったなって」
今や街道の殆どが舗装され、その歴史を知る人も少なくなりました。
松浦さん「まぁ、たまには案内でそこお客さん連れてって昔、ここを馬で
運んだんですよって私が言ってもね
「それは昔の話でしょ?」って私がやったと思う人はいないですね。
「あんた若いでしょ?」まだ。馬は昔の話ですよって」
尾瀬が開かれて130年。福島と群馬を結ぶ唯一の道として
会津沼田街道は受け継がれていきます。
2日目
@御池登山口(山の駅・御池)(1500m)
二日目は燧ケ岳を目指し、御池登山口から出発。
午前8時
「今日、僕たちはこの御池新道という道を通って燧ケ岳の方に
向かいたいと思います。では行きましょう」
@御池新道
御池新道は燧ケ岳に登る最もポピュラーな登山道。でもすぐに
ガレ場の急登が始まります。
いきなりガツンとあ~、城さ~ん。こたえますね~。
「そうですね、あははは、頑張ってください。まだまだこの道は続きますよ」
少し平らになったかと思えばいかにも滑りそうな木道。
昨晩降った雨のせいか木道がヌルっとしてちょっと危険。
<山旅スタイル>
城さん、木道を滑らないように歩くコツはありますか?
〇滑りにくい歩き方
「そうですね、まずは端っこを歩かないこととなるべく
ベタ足を意識することですね」
●木道の端を歩かない
●ベタ足を意識する
「踵(かかと)からは絶対にいかないようにしてください」
なるほど。
足の裏全体で着地するのがポイントですね。
「木道の上に横の木が打ってある場合はこうして間に足を置かず、
この横の木の上にしっかりと土踏まずの辺りを乗っけて歩いていくと
滑りにくくていいですよ」
@横木に土踏まずのあたりをしっかりとのせて歩く
転んだ時に備えてグローブがあるとより安心ですね。
登ることおよそ1時間、視界が拓けてきた。
@広沢田代(1773m)
「どうですか?この景色。ちょうど青空も出てきましたね。
ここが広沢田代です」
針葉樹に覆われた燧ケ岳の中腹にぽっかりと穴が開いたように現れた
美しい湿原。池塘(ちとう)と呼ばれる大きさも形も異なる池が
点在する様は小さな箱庭のよう。綺麗ですねぇ。
「ちょっとした地形の違いで景色というのかこんなにも変わってくるんですね」
@熊沢田代(1950m)
荒々しさと優しさ二つの顔を持つ燧ケ岳。
初夏の風を感じながらその頂を目指します。
「気持ちがいいですね、風が」
出発して3時間、標高は2000mを超えた。
まだ雪が残ってる。
「ちょっと雪渓出てきましたね。今回、雪が柔らかいんで
このまま行きたいと思いますけど気温の低い時や朝、
早い時は必ずアイゼン履いてください」
雪渓が波打っている面の平らな所に足を置き、慎重に登ります。
雪が多い年には七月下旬まで雪渓が残るそう。
「ようやく出口が見えてきました」
あっ、また太陽が出てきたぁ。
「今日一番の空ですね。やぁ、よく天気変わりますねぇ、今日は」
@俎嵓(まないたぐら)(2346m)
出発して3時間半
「ようやく到着しました。ここが燧ケ岳の双耳峰の一つ俎嵓です」
頑張りました。
山頂には明治時代に燧ケ岳を開山した平野長蔵が担ぎ上げた祠が。
〇平野長蔵 *写真提供:松浦和男
「やぁほんと、飴と鞭の繰り返しで良く頑張りました」
頑張ったご褒美は勿論山頂からの景色。
「見てください尾瀬ヶ原です。雄大ですね」
広いなぁ~。
尾瀬ヶ原の奥に聳えるのはもう一つの尾瀬の盟主、至仏山(しぶつさん)。
@至仏山(2228m)
西には山頂部に美しい湿原を持つ平ヶ岳(ひらがたけ)。
@平ヶ岳(2141m)
東北の最高峰たる眺望です。
@会津駒ケ岳(2133m)
〇ガイド 城健史さん
「この村に来て6年になるんですけど、人々の生活が変わっていく中でも、
この自然、その自然を代表する燧ケ岳、尾瀬の景色、昔と変わらないと
思うんですよ。で、その燧ケ岳に登ると自分もこの村に来た当初の志とか
そういった気持ちをいつでも思い出せるそんな山ですね」
可憐な花々や心揺さぶれる風景、登る度、新たな感動を与えてくれる
尾瀬、燧ケ岳の山旅でした。
いかがだったでしょうか?東北最高峰の燧ケ岳でした。
ここから北の山にはこの山以上の標高の所はありません。
とてもここは豪雪地帯です。
<こじんてき>
福島県南会津郡桧枝岐村には10回ぐらい行きました。もっとかもしれません。
お薦めですがとても美味しい大好きなところがこちらです。
<山びこ山荘>
ー 十割裁ちそば -
標高1000m近い山間部でお米の取れないこの村では古くから大切な時に
蕎麦料理を振舞っております。個人的にははっとうですね。
つなぎを全く使用しない、石臼挽きの地粉(蕎麦の産地でお隣南会津町の
大桃地区ぐらいまで)を熱湯と清流(桧枝岐川等→のちに伊南川→只見川、
新潟にいくと阿賀野川)の美味しい水でこね、1~2mm程の厚さに伸ばし、
十数枚重ね布を「裁つ」様に切るから、その名の「裁ちそば」と
名付けられたとの由来です。
昔はこのお店、お蕎麦やお料理だけも出来ましたが今は出来ないかもしれません。
はい、そうですね、こちらの尾瀬も阿蘇も雄大さは同じですね。
こちらは両親の育った場所にとても近いのですよ。隣町なんです。
それで10数回も行ったことがあるのですよ。桧枝岐村には立派な水泳もできる施設や
温泉もあります。沢なども多いので食べ物も美味しいです。
阿蘇も同じようにたくさんのレジャーがありそして広大ですよね?
どうぞ台風で大変ですがお気をつけてくださいませ。
私はやっぱり阿蘇が好きですね(*^^*)