炬燵の上に置いていた携帯が鳴った。部下の松下からだった。

「かちょ～、総務部がコロナ対策のBCPを部内でオーソライズが終わってないと見せてくれないんですよ～、来週、監査法人のヒアリングです。資料の準備が間に合わないですよ～。経理部からは、消毒用アルコールが手に入らないので、調達ルールの緩和を相談させて欲しいと言ってます。変更したら、ヒアリング資料が作り直しですよ～」

「総務部には、俺から連絡する。社内から感染者を出すわけにいかないんだから、コンプライアンス室に報告してから、部長の了解とって経理部に了解と伝えろ。資料の手直しのときに、リスクコントロールマトリックスに追加しておくの忘れるなよ。」

携帯を切り、総務部の松方に連絡をしたが、説得するのに随分手間取った。出向いて話せばすぐに終わる案件なのに、電話だと手間がかかった。

長い時間、炬燵に座ってパソコンをしていると古傷の腰が痛くなる。息抜きに腰を伸ばしたら、テレビを見ていた美咲が、「パパ、お腹減ったんだけど」と言った。

娘も中二だ。こういう時のために、家庭科で料理を習っている。
「美咲が作ってよ。この前、家庭科でオムライス作ったって言ってただろう。」
「パパのペペロンチーノが美味しくて好きなの。作ってね。」

まだ、中学生なのに、どこで、小賢しい知恵を身に付けるのだろうか。娘に美味しいと言われたら、料理を作らないパパはいないだろう。

夕方に、LINEが着信を告げる。
『ドラッグストアに行って、マスクとトイレットペーパーがあるか見てきて。』

「美咲、ママが、マスクとトイレットペーパーを見てきてだって。パパ、まだ、仕事中だから、駅前まで行ってきて。」
「無理。先生に家から出ないように言われたから、見つかったらやばいし、ご近所さんの目もあるじゃない。」

さっき、友達と、明日、原宿に買い物に行こうと、隠れて電話していただろう。四国の母親ゆずりで、そういう時は、耳ざといんだぞ。

勤務時間が終わり、夕飯の材料を買うついでに、駅前に行ったが、ツルハにもマツキヨにもウエルシアにもマスクはなかった。店員さんに聞いたら、開店前から並ばないと手に入らないとのことだった。

親切な店員さんで、手づくりマスクの作り方が書かれたチラシをくれた。ネットやyou-tubeも参考になるとのことだった。スマホで調べてみると、白いガーゼのマスクだけでなく、ピンクやチェック柄のマスクもあった。

材料を揃えようと100均や手芸店にいったが、ゴムひもが売り切れていた。ワークマンに行き、防塵マスクを買ってその紐を外して使うことにした。

パパがいるなら、美容室で髪を切ってから帰ると希実子が言っていたので、天津飯を作った。餡は関西風の鳥ガラ出汁の醤油ベース。美咲は、洗い物の手伝いもせずに、ディズニーのクイズ番組を見ながら「私、わかる～」とテレビに向かって叫んでいる。将来が心配だ。

チラシを参考に、三段プリーツのマスクを作ることにした。スーパーで買ったハンカチを、縫ってはアイロンがけの繰り返し。ワイシャツのアイロンがけを自分でやらされているのでお手の物だ。自分のだけでなく、娘の制服のブラウスも一緒にやらされている。妻のブラウスはクリーニングだ。

老眼で、針に糸をなかなか通せなかったり、縫い目がまちまちになったけど、手づくりマスクが3つできあがった。希実子が帰ってきたら驚かそうと思って、洋箪笥の引き出しにしまっておいた。
https://www.youtube.com/watch?v=tcYbZubGSuQ

希実子が風呂からあがり、ソファーでビールを飲んでいたので、箪笥からマスクを取り出して、「どう」と言いながら見せた。

マスクを見た瞬間、希実子は、ブホッとビールを口から吹きだし、健介の顔はビールだらけになった。プリーツで段々になりながらも、セーラーマキューリーがマスクの中で笑っていた。