「おやすみ」

眠ったらしいモーヴの前髪を、レドは指先だけでかき上げる。
表情は落ち着いているが、顔色は青白く、やや面やつれしているのが見て取れた。
レドは彼を起こさないよう、小声で語りかける。

「早く懐かしいと思える夢になるといいな…」



カーマインの救急搬送に付き添い、自身も怪我をしていたモーヴは一晩、病院に留め置かれた。
その間、上級生の監督を彼に付けるべきだ、と言い出したのは、
ウィンザー＆ニュートン寮の監督生で最上級生でもあったビリジアンだ。
そうして白羽の矢が立ったのが、レドである。

「せっかく個室だったのに、ごめん」

治療を受け、スクールに戻ってきたモーヴは、レドと同室になったことを知らされ、謝罪の言葉を口にする。
ミルクたっぷりのアールグレイを差し出すレドに、心底、申し訳なく思っているのだろう。
情けない表情だ。
それでも顔を上げ、レドの目をまっすぐ見ることが出来るだけ、まだマシだと思える。
レドは 「謝る必要はないよ」 と簡単に答え、笑って見せた。



『 レド・・・助けて・・・カーマインを助けて・・・ 』

事故のあの時の、悲鳴のような声と、顔をレドに向けていながら焦点の合わない、
何も映していないような目をしたモーヴは、
レドにとっても衝撃で、次に沸き上がった感情は言葉にならない危機感だった。

故に、彼を一人にしておくのも、彼を知らない人間が監督することも、許容できず。
モーヴとの親交があまり周囲に知られていないのをいいことに、そうなるよう強硬に仕向けたのはレドだった。

どちらかと言えば他人を寄せ付けず、レドと親しくなるのは、
エクリュやモーヴのように、他者の懐に容易に飛び込める性質を持った人間ばかり。
その貴重な友人を放っておくことが出来なかった、というのもある。

それは、レドにとっても、成長であったのかもしれない。

それからのモーヴは、真相を知らない生徒の邪気のない中傷や、悪意を含んだ視線にさらされたが、
柳に風と受け流し、まるで何もないかのように前を向いていた。
それが一部の生徒の苛立ちをあおったとしても、そしてモーヴの内心がどうあれ
淡々と日常をこなしているかに見えた。ただ……。

「……カー、マインっ」

モーヴが弾かれるように飛び起きたのは、眠ってまだ二時間に満たない頃だ。
シャワーを浴び就寝しようかと着替えを終えたばかりのレドは、今日もか、という思いとともに振り返り、

「モーヴ」

いつものように静かに、出来る限り感情を抑えて、彼の名を呼ぶ。
魂の抜けたようなモーヴは、ゆっくりと、ぎこちない動きでレドに目を向けた。
そのまま数秒。それでようやくモーヴはレドを知覚し、華奢な素足をさらしてベッドから走り出ると

「カーマインが…… カーマインを助けて！」

幼い子どものようなあどけなさと、際の際にたたずむような悲痛さの双方をにじませながら、
床に膝を付き、モーヴはレドの腰にすがりつく。

「カーマインは助かったよ。病院で治療を受け快方に向かっている」

そう言って笑って見せれば、モーヴは虚を突かれたように動きを止め、両の目から涙を流した。
決して安堵した訳ではないのだろう。笑みは欠片もない。
それでも、そんな言葉ひとつで、モーヴは取り乱すのを止め、おとなしくなった。

あとは声もなく、静かに涙を流し、気を失うかのように眠るのが、ここ数日の常だ。

助けられなかった夢を繰り返し、毎夜、繰り返し見ては飛び起きる……
そんなモーヴを見続けながら、この悪夢が、いつか彼を内側から腐らせてしまうのではないかと、
時折、そんな恐怖に憑りつかれ、レドはぶるりと身を震わせた。

「こんな恐怖の仕方が、この世にあるのか」

そのつぶやきは、夜の闇に融ける。







「ようやく結婚するのか。おめでとう」

……あれから10年。
モーヴに呼び出され結婚式の介添人を頼まれたレドは二つ返事で了承し、それから感嘆の声を上げた。
付き合っている女性を紹介されたあと、何年も聞けなかった報告だ。
だがモーヴは「ありがとう」と言いながらも口の端を上げ、少し揶揄を含んだ皮肉な口調で、

「薄情な友人にそう言ってもらえると嬉しいよ」

と言葉を続けた。薄情？ いったいなんの話だ？ とレドが問い返すと、

「まさか結婚すると報告した席で、三度目の離婚を聞かされるとは思わなかったよ。いったい君はいつ二度目の結婚と離婚をして、三度目の結婚までしたんだい？」

ああ、その話か、と。
そういえば言っていなかったかもしれないと気付き、レドはこともなげに告げる。

「二度目の結婚と離婚は一昨年で、三度目の結婚は昨年の降誕祭の前日だ」
「それはまた、スピード離婚だね……」

ウィンザー＆ニュートン校時代の落ち着いたレドはいったい、どこに行ってしまったんだい？
と、モーヴはこれ見よがしに深いため息をついて… しばしの間、遠い目をした。




モーヴがカーマインと再会したのは、あの悪夢の発端となった夜から三カ月が経った夏季休暇中。
その時の話をレドは新学期が始まってから、夜を徹して聞かされた。
久しぶりに饒舌な友人が戻ってきたことは、レドにとっても嬉しいことだったのだろう。
モーヴを同学年の部屋に戻す、というスクール側の決定に、猛然と反論したのも、レドであった。
その時の自分の意見は正しかったと、レドは今でも思っている。

それからのモーヴは、やはり時折、思い出しては涙を流し、悪夢に憑りつかれては悲鳴を上げ。
ペンを握り、壁という壁に隙間なくカーマインをモデルとした天使画の素描を貼りめぐらせ。

それでも薄紙をはがすように少しづつ、彼は、やがて彼に戻っていった。

「……レド、ありがとう」

レドが卒業の式典を迎える朝。
ふいに、思いもかけないタイミングで壁に押しやられ、有無を言わさず口づけをされた後。
満面の笑みでモーヴの口から出たのは、そんな、飾り気のない言葉だ。

「それが礼を言う態度かよ」
「相手がレドだからね」

そのたった一言に、どれだけのものが詰め込まれているのか、レドは知らない。
それでも、受け取ったものはレドにとって少なくはなかった。



「結婚など簡単だ。別れるのは少しメンドーだが。それを教えてくれたのはモーヴだろう」
「はぁぁぁ？」

他者と共に暮らすのは、そう悪いことではない。
それをレドに教えたのは、間違いなく、あの卒業までモーヴと同室だった一年数カ月だ。

「冗談じゃないよ！ 僕はこの先も幸せに暮らすんだからね」

彼は今も時折、夢を見て飛び起きるのだろうか。
彼女は、その時のモーヴを見て、どんな言葉を掛けているのだろうか。

「結婚式、晴れるといいな」
「晴れるよ、ゼッタイ。カーマインが出席して祝ってくれると約束したから！」

ウィンザー＆ニュートン校時代を思わせるモーヴの笑みに釣られ、
それはご利益はあるのか？ と思いつつも、レドは晴やかな笑みを返した。


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モーヴ　ミュ☆ミュさん
カーマイン　ネコ衛門さん
レド　和.com

ネコ衛門さんの最終話と今朝のミュ☆ミュさんのスピンオフに萌えに萌え、急きょ大突貫工事 ヾ(≧▽≦)ﾉﾞ 
私はどうも…… エクリュは書けないけど、レドは書けるらしい。
が、あまりに久しぶりで、レドのメイクがどんなだったか、自ブログをガン見したｗ
たぶん、こんな顔です。めでたいコーデにカサブランカ。このアイテム、初めて使った～。