優はシャワーを浴びたあと、髪を乾かしていた。窓の外は、けっこう強い雨が降っている。亮太と映画を見る約束をしていたけど、雨の日にでかけるのはゆうつだ。ブローした髪も湿気で絡まってしまうし、デートにレインブーツで出かけることもできない。ブラシを動かしながら、何を着ていこうか考えていた。

LINEの着信音がなった。亮太からだ。『これから、もっと雨が強くなるみたい。映画を見に行くのは来週にしようか。』

『残念だけど、この雨だと仕方がないわね。来週、楽しみにしてる。』と優はLINEを返した。既読になり、『了解、来週、同じ時間、同じ場所で待ち合わせいい？』と画面に表示された。優は『はい、分かりました。』と打つとスマホとブラシをドレッサーに置いて、フローリングの床に寝転がった。

亮太のことを考えた。これまで付き合ってきた男だったら『雨が降っているから、DVD借りて俺の部屋で映画を見る』とか言ってきただろう。亮太は、私の気持ちを先回りする。雨の日は、こんな風にごろごろして過ごしていたい。どうして、亮太は私の気持ちが分かるのだろう。

優は、床に寝転がりながら、アメリカだとこんな風に、床の上でゴロゴロできないだろうなと思った。日本は雨が多くて湿っていて、家では靴を脱いでいたい。草履も下駄も直ぐに脱ぐことができる。靴を脱ぐ文化で、それに衛生的。

時間ができたので、優は、掃除をすることにした。シンクにお風呂と同じくらいの40度のお湯を入れる。雑巾を浸して、フローリングの床を拭いた。お湯で拭くと床の汚れがきれいにとれて乾くのも早い。

ワンルームの床拭きは直ぐに終わり、キッチンもきれいにすることにした。お湯を入れ替えて重曹を少し入れる。柔らかくしぼった雑巾でレンジやその周りのタイルを浸す。油汚れが浮いて、さっと拭くとピカピカになった。

部屋がきれいになると、雨の日なのにウキウキしてきた。綺麗になったキッチンで料理を作ることにした。時間がたっぷりあるので、冷凍庫からスジ肉を取り出し、ビーフシチューを作ることにした。

たっぷりのお湯で、下茹でして丁寧に洗う。食べやすい大きさに切って、水と酒、臭みを取るために、ショウガ、ニンニク、ネギ、セロリの葉を入れてアクを取りながら、沸騰させないようにのんびり煮込む。圧力鍋を使うと臭みが残ってしまうので、のんびり煮込んだ方がいい。

炒めた人参、じゃが芋、たまねぎと赤ワインとトマトジュースを入れて、また煮込む。最後にデミグラスソースを入れて30分煮込むと出来上がり。火を止めて、味を落ち着かせる。部屋中に、濃厚な香りが漂ってきた。

ビーフシチューが出来上がると、退屈になった。本でも読もうと思ったら、亮太からLINEが入る。
『何をしているの。』
『シチューを作っているところ。』
『憂の作ったシチューを食べたいな。』
『いいわよ。』
『買っていくものある？』
『赤ワインが無くなったから、ワインとバゲットをお願い。』
『了解。1時間後くらいに着く。』
『待ってる』

急いで、着替えて、化粧をして、部屋の中を片付けた。
「ごめん、少し遅くなった。チャップリンの『Lime Light』を持ってきたから、ご飯を食べたら後で見よう。」

見たかった映画。亮太は、ほんとうに私の気持ちが分かるみたい。グラタン皿にシチューを入れてオーブンで焼く。熱々のシチューの上に、生クリームの代わりに珈琲のミルクポーションを落とす。

亮太は、ニコニコしながら、美味しそうに食べてくれる。まだ、2か月しか付き合っていないけど、この人となら幸せになれると思う。

シチューを食べ終わり、食器を洗う。流しに食器を置きっぱなしにするのは、嫌だった。亮太が手伝おうかと言ったので、テーブルを拭いてもらった。

チャップリンを見ていると、亮太に抱き寄せられた。唇が重なる。そう、今は、シチューの中のスジ肉のようにトロトロになりたい気分。こんな雨の日も悪くない。