Nicotto Town


ごま塩ニシン


夜霧の巷(52)

 菅原は、伯母の視線が自分に向いていないことに気づいた。早水陽子は故意に知らぬふりをしているだけではないのか。菅原は伯母に対して疑惑を持った。
「慎一郎さんは、一体何を知りたがっているのよ。その植村雪枝という人に興味があるの。」
 伯母の声のトーンが跳ね上がった。
「以前、運河で水死体で発見された人、あの人は信太盛太郎という名前の人なのだけれども、僕は誰かに殺されたのではないかと推理しているのですよ。信太という人はクラブ夜霧で夕方から地下鉄の終電近くまで飲んでいた。だから、このクラブ夜霧のオーナーである植村雪枝という人が信太盛太郎の過去を知っているのではないかと思っていたら、偶然、AI企画センターの水沢さんに連れて行ってもらったところが、植村雪枝さんの入院している病室だったということなのですよ。初日から詳しいことが聞けなくて、後日、話をするから、また来てくださいということだった。それでクラブ夜霧に飲みに行ったというわけなのです。洋酒の水割りを飲むと、僕は酔うのですよ。だから、結局のところ、どうして、この家に帰ってきたのか、はっきり覚えてないのです。」
 菅原が昨夜のことを詳しく説明すると、伯母は意を決したようであった。
「分かった。それなら、慎一郎さんに、ちょっと協力しましょうかね。」
 伯母は自分の部屋で何か捜していたが、正信の葬儀の受付名簿を持ってきた。
「ここに植村雪枝という人の名前が書かれている。この人か。私とは一回の面識もない人ね。だけど、この人、海外で何か政治的に活動していた人じゃない。正信から、ちらっと聞いたことあるわ。詳しいことは知らないけれども、この人の若い頃のことじゃないかな。うん、思い出したわ。確か、若い女に脅された、と正信がいっていたことがある。この植村雪枝のことじゃなかったのかな。正信の会社が現地の企業と協同で道路とか橋の建設を請け負ったことがあって、もちろん日本の政府の外郭団体からの資金援助もあっての事業だった。確か、商社の人も絡んでいたと思うけれど、私は興味がなかったので詳しくは覚えていないわ。」
「今の話は参考になりますよ。海外で。植村雪枝が政治活動をしていた。伯父さんが彼女から脅された。これはインパクトがありますね。」
「まあ、私の記憶は大雑把だから、眉唾ものとして聞いておいて。」
 こう言うと、早水陽子は朝食の片づけを始めた。




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